書評
BOOK REVIEW

複雑系

M・ミッチェル・ワールドロップ 著

田中三彦&遠山峻征 訳

 本学における理学系書籍部門で、一度はベストセラーとなった「複雑系」。生命とは何か、心とは何か、無から有の創造など、世の中には、複雑多岐にわたって、解答不可能な難問題が多々あるが、そのような中で、一つのヒントを示唆する新しい提案とも言えるだろう。

 複雑系とは、「多数の構成物質が同時に相互作用することから生じる自己組織化の予測、つまりシステムの構成物が相互作用する無数の可能な状態を計算すること」。あるいは、「物質から社会全体まで、強く相互作用し合う部分を多数有するものすべてである」と説明されている。経済学においては、線型モデルから非線型モデルへの移行とも言えるかもしれない。

 著者は、米国ワシントンDC在住のサイエンス・ジャーナリストのM・ミッチェル・ワールドロップであり、本書では、複雑系の生みの親とも言える「サンタフェ研究所」についての物語を扱っている。あるいは、その研究所の設立に寄与してきた、さまざまな分野の学者たちの物語とも言える。経済学においては、線型モデルから非線型モデルへの移行とも言えるかもしれない。

 DNA機構といった生命現象から、政治・経済分野までを、統一された学問的課題として扱い、その問題の解決をめざす知の革命。もちろん、まだ試行錯誤している模索段階ではあるが、二十一世紀に向けての新しい科学の方向性を示しているのは確かなようだ。これからは、細分化された専門分野における研究が必要である以上に、様々な物事に対する総合的な思考・哲学が重要になってくるのは間違いないだろう。非常にボリュームのある一冊かもしれないが、「読書の秋」に一読する価値は十分にあると思われる。

(新潮社  三四〇〇円)


日本の戦争責任

若槻泰雄著

 「いったい日本の戦争目的はなんだったのか」、「どうして当時のマスコミは戦争に反対しなかったか」、「当時国民や政治家、学者たちはなにをしていたのか」等々、誰もが一度は疑問に思うこれらの問に、この本は真正面から答えようとしている。

 何よりもまず驚くのは、本の最後に記された参考文献の多さである。総計五百七十一冊にものぼる膨大な資料の中から、歴史の真実を真剣に読み解こうとした筆者の情熱には感嘆させられる。今までにも日本の戦争責任を題材にした本は多数出版されたが、この本ほど率直で、かつ実証的な本はおそらくなかったであろう。

 筆者は昭和の戦争の動乱の中で成長し、満州事変が始まった一九三一年に小学校へ入学した。以来、当時の教育を受け、最後の一年間は現役兵として実際に戦地へ赴いている。その中で、多くの生命が失われて行くのを目の当たりにしながら、“生き残ったものの義務”として、またアジアの人たちに対しては、“私のなしうる贖罪”としての思いを込めて著したのがこの本である。

 魂が宿った渾身の筆致を通し、最後の戦争世代である筆者から、戦争を知らない若い世代に対して歴史の真実を正確に伝え残して行きたいという強い思いが感じ取られる。またそれは同時に、同じ過ちを犯してほしくないという願望の表れでもあるだろう。

 この本の結論に対しては賛否両論があるだろうが、歴史の真実を忠実に描きだそうというその真摯な姿勢と、日本の国の未来を憂い、その再建の願う心情からは多くのことを学ばされる。特に我々学生のように、戦争を知らない世代にとっては充分一読の価値ある本である。(Y)

(原書房 上下各一八〇〇円)


脳内革命2

春山茂雄著

 空前のベストセラーとなった前著『脳内革命』の続編である。著者は、本学医学部OBの春山茂雄氏。

 前著における、「『プラス発想』が心身を好ましい方向に導く」という筆者の指摘は、文中にも筆者自身が述べているように、世の中にまさに「大きな『気づき』の輪」を広げたと言えるだろう。

 今回も、筆者の独特の見解が見られて面白い。まず、従来の「左脳」は「理性脳」、「右脳」は「感情脳」という考え方に対して、春山氏は次のような考え方を述べている。すなわち、「左脳」は理性と感情をともに含むもので、現実に左右されやすい「自分脳」であり、一方、「右脳」は過去の人類の英知を受け継いできた「先祖脳」であるというのだ。自分一代の「自分脳」には限界があるが、世の中の多くの人はこの「自分脳」である左脳しか使っていないというのである。一方で、先祖から受け継いだ遺伝子をもった「先祖脳」である右脳を活用することは、年数を単純計算しても、十万倍の蓄積を用いることになる、と筆者はいう。この右脳を活用することが、最高の生き方になるというのである。

 この右脳を活用するために、@プラス発想をする、A筋肉を使う、B暝想をする、C食生活に注意する、などの具体的な実践法を挙げ、それぞれを解説してくれている。これらの実践法は、実は何か特別なもの用いてやるものというよりは、むしろ、私たち人間に「本来備ったもの」を引出そうとする試みであることに気づかされる。本来私たち人間に備ったものの大きさ、偉大さに対する一つの「気づき」――これが、この「脳内革命」を通して得られる感動の一つであると言えるだろう。そして、そうした「気づき」こそが、私たちの「生きる喜び」につながっていくことになる、と著者が示唆しているように感じる。

 現代はストレス社会と言われ、大人の社会においても、また青少年の間においても、深刻な事件が後を絶たない。しかし、人間は幸福を求めて生きる存在であるし、それは同時に喜びを求めて生きる存在であることをも意味する。そのことを医学的に実証する筆者の試みは、前作に引続きやはり貴重な価値を持っていると言えるだろう。

 「大きな『気づき』の輪」が、さらに世に広まることを期待する。(S・S)

(サンマーク出版  一六〇〇円)


教科書が教えない歴史

藤岡信勝ほか

自由主義史観研究会著

 産経新聞のオピニオン面に目下連載中の「教科書が教えない歴史」から、平成八年一月から五月までの掲載分をまとめたのが本書。戦後日本の歴史教育における支配的な歴史観(「大東亜戦争肯定史観」、「東京裁判・マルクス主義史観」)へのアンチ・テーゼとして、「自由主義史観」を提唱する同研究会による、新しい視点からの近現代史執筆への一つの実践的試みである。

 従来の歴史教育の「自国をことごとく悪とみるような外国の国家利益に起源を持つ歴史観」から一切自由になって、「日本人の立場で、自国の歴史を考える」ことの必要性を訴える。本書は「日本とアメリカ」「近代日本と戦争」といった大きな五つのテーマがあり、その一つのテーマに対し、歴史上の事件や人物に関する十五話前後の叙述が収められている。記述量の少なさから一つ一つの事実関係は若干分かりづらいが、日本人が自信を持って自国を誇ることができるような歴史的事実やその見方の再発見に対する意欲が明確に読み取れる。

 例えば「国づくりの設計」の部門では、従来悪いイメージが先行しがちだった大久保利通や伊藤博文などの人物を別の視点から捉え直す。その一方であまり注目されてこなかった石橋湛山や松下幸之助なども取り上げる。「勇気と友情の物語」では、戦時下という非常事態の中にも民族意識や憎しみを超えて生きようとした日本人の存在(杉原千畝など)を掘りかえしている。「歴史を生きた女性たち」は、歴史における主体としての女性の存在、そしてその功績に新しく光を投げかけている。

 各界で議論の的ともなっている本書であるが、そこから読み取れる生きた歴史教育を目指す意欲には学ぶべきところは大きいのではないかと思われる。本書が投げかけている問題の大きさを実感するためにも、一読する価値のある一冊である。(D)

 (扶桑社 一四〇〇円)

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