淡青手帳

第897号(2003年9月5日号)

 9月5日は、作曲家ジョン・ケージの誕生日だ。彼の作品には、「4分33秒」という有名なものがある。演奏者が楽器の前に、4分33秒間座っているだけの曲である。「音楽」の形、「作曲」の概念を覆した一曲であり、その評価は「斬新だ、前衛的だ」というものから「彼は単なる詐欺師だ」というものまで、さまざまだ。

 彼が「4分33秒」において表現した(表現しなかったというべきか)ものは何だったのだろうか。演奏時間中、演奏者は全く演奏する気配を見せず苛立つ観客のざわめき、息遣い、衣擦れの音などだけが重なる…。それらが全て、彼にとっては音楽だったのだろう。

 「これなら誰にでもできる」と言うことは簡単だ。しかしこれはコロンブスの卵だ。それまでの「音楽」という既成概念の中で、この「4分33秒」という新しい発想が生まれるのにどれほどの労力を必要としたことだろう。そして自分が「音楽」だと信じたものを、臆せずに発表する勇気…。

 既成概念を取り払った時、表現とは何と豊かになることか。それは何も音楽の世界のことだけではなく、学問の世界であっても同じことだ。前進するために私たちは常に、現状に甘んじることなく、既成概念にとらわれることなく、新しい発想を追い求め続けるのだろう。

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