本質に迫る教育論を展開したい 幸いにも「こころの教育」は大反響だった。「賛同する」というお便りも多くいただいた。一方、「後半の内容は一面的すぎる」というご意見もいただいた。その「一面的」ということに関して、少し弁明させていただきたい。
巷では青少年(特に中学生)問題論議が盛んに行われている。中教審も答申で一つの方向性を出した。しかし、問題の本質に迫る観点はほとんど見られないように思う。「これで本当に青少年が良くなっていく」という確信を持った人はどのくらいいるのだろうか。
確かに「教育する」ということは難しい。正しいことを教えるにしても、時に適っていなければならないし、押しつけになってもまずい。愛情が伴っていなければ反発されることも多い。また、教えるべき内容もたくさんある。だから、道徳教育、特に純潔教育に絞った後半の内容は「一面的」と感じられた方もいるだろう。しかし、そこに青少年問題の根本原因があると思うし、また見落としがちな観点であるため、敢えて特に強調したのである。
「生きる力を養おう」など、当たり前の教育論をのんべんだらりと説いても、青少年は変わっていかない。「続・こころの教育」でも、本質に迫る教育論を展開していくことができれば、と思う。
前回までの「こころの教育」では、主に青少年問題という社会的現実を出発点として、今必要と考えられる教育という、いわば教育への「外」からのアプローチをとってきた。「続・こころの教育」では、主に本学教育学部における学的営みを踏まえた、教育へのより「内」からのアプローチへと重心を移して書いていくつもりである。
東大教育学部長でも手を焼く子育て
今回は昨年末に行われた教育学部公開講座について、内容を紹介しながら批評してみたい。
毎年、本学教育学部は、本学全体が関わって安田講堂で行われる公開講座とは別に、独自に公開講座を開いている。一番最近では、昨年10月31日から4回にわたって東京大学教育学部附属中・高等学校と「なかのZERO」で行われた。テーマは「子どもの社会的自立にどうむきあうか」である。
開講式の挨拶で、佐伯教育学部長は「教育は世の中で今、一番重要な問題です。しかし、学校だけではもう教育は限界です。今回の講座では、家庭・地域を中心に子どもの自立を考えていきたい」と語った。続けて、学部長は自分の家庭を振り返り、「4人の子どもがいるが、なかなか自立しない。自立ということは難しい。私の子どもの頃は、家の手伝いなどしながら自立させられていった。今の子どもたちは養ってもらえると思っている」と述べた。
東大の教育学部長ですら、子どもの自立に手を焼くのが現実なのである。それほど子育ては難しいし、時代の急変に伴う世代間のギャップは大きいものがあるといわざるを得ない。
「自立」が困難になっている現代
第1回の講義は社会教育学・地域文化論専門の佐藤一子・本学教育学部教授が担当した。佐藤教授は、「自立」とは一人前になることであり、成熟した気持ちなどをもつこととした。子どもは保護者が必要だが、やがて大人になり保護者は不必要となる。就職が一つの節目となることが多いが、経済的自立と社会的自立はイコールではない。心身両面において、自身でコントロールできるところまで自立するのが社会的自立である、と語った。
しかし、その自立が困難になっている。佐藤教授は言う。
「14歳を節目とする思春期の自分探しの過程には、友人関係や教師、学校内外における諸体験など、生きた人間関係や社会的体験のひろがりが重要であり、保護的な意識を過剰にもつ親もしばしば拒絶の対象とされる。この時期の人間関係が総じてゆとりなく、閉鎖的、統制的であることが、学校外の社会文化的活動の豊富な欧米の若者と比べて、日本における子どもの自立の困難を生む背景となっているといえよう」。
今のわが国に欠けている「父性」
佐藤教授は自身の体験をもとに、「10歳ぐらいまでは親の言うことを聞いてくれるが、中学生になると背中で教育することが必要になってくる」と語る。ところが、「父性の復権によって家庭の教育力を取り戻すという論調もみられるが、これは時代錯誤」だという。佐藤教授は「父性の復権」が「ガンコオヤジ」の復活と勘違いしているのかもしれない。そのことについて『父性の復権』の著者である林道義氏はこう書いている。
「『父性の復権』なんて本を出すと、昔の父権主義者がすぐに厳しく躾ろとかスパルタ教育復活だと言いだす。これは僕としては迷惑です。彼らと僕とでは言っていることが全然違う。僕の父のイメージの原点は徳ということです。だからむやみにいばったり命令したりすることには反対なんです。人格が優れていて自然に子供たちから尊敬される父親になることが父性の原点です」。(『諸君』98年6月号)
やはり、今のわが国に欠けているのは、こうした意味での「父性」といえるだろう。最低限の善悪観・価値観すら備わっていない青少年が増えているのだから。
小中学校生「居場所」づくり推進
佐藤教授は、子どもの社会的自立の過程で、学校にも家庭にも居場所が見出せない子どもが増えている現状に対して、「居場所づくり」に力を入れてきた。小・中・高校生がブラーッと一人で来ることができる施設・空間作りがボランティア・NPO団体の協力によって進められているという。
本当に問題ある青少年がそのような場所に集まってくるかどうかという課題もあるだろうが、地域共同体の再興という意味でも期待される。 (つづく)
《東大新報「こころの教育」取材班》
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