平成8年10月15日
学生の皆さんへ 10
法的措置について
東京大学教養学部


 平成8年9月10日、東京地方裁判所の執行官によって、旧駒場寮建物を占拠する学生にたいして「占有移転禁止の仮処分」が執行されました。今回の仮処分は、数年来学部が教職員のあらゆる努力をあげて、話し合いによる解決をめざしてきたにもかかわらず、警告を無視し居座りを続けてきた一部の学生諸君に対する、法的措置の第一段階に当たるものです。教養学部としては、学生との話し合いを最優先としてきた従来の方針からして、このような日を迎えなければならなかったことを残念に思っています。しかし、裁判所による公正中立な判断を仰ぎながら、市民社会のルールを踏まえたうえで、旧駒場寮問題の理性的な解決に向けて、今後もねばりづよく話し合いを進めてゆきたいと考えています。今回は、この法的措置について以下のような説明をおこないたいと思います。

1.今回の法的措置とは何か
2.なぜ法的措置はとられたのか
3.大学の自治と責任について
4.問題解決への努力を訴える

1.今回の法的措置とは何か

 旧駒場寮建物に関して、今回東京地方裁判所によって執られたのは、「占有移転禁止の仮処分」という措置です。これは、裁判手続きの一つですが、実際に明け渡しを求める裁判を起こす前段階の作業として、明け渡し請求の対象者がだれであるのかを確定するための手続きです。この措置以降、旧駒場寮建物は、執行官の保管下に置かれ、執行官によって債務者として占有を認められた者だけが、次の法的な判断が下るまで、旧駒場寮建物を使用できることになります。とはいえ従来通り建物管理は教養学部が責任を持つことに変わりはありません。

 国立大学が法的手続きをとるときには、法務局をへて国が訴訟をおこすことになりますから、今回の仮処分は、東京大学の申し立てを受けて、国が申請したということになります。

 今回の措置をもとに、大学としては、今後、明け渡しに関する裁判所の判断を求めることになります。

2.なぜ法的措置はとられたのか

 それでは、なぜこのような法的措置をとらざるをえない事態に至ったのでしょう。

 すでに皆さんにも何度も説明を繰り返しましたように、学部は、旧駒場寮建物を占拠する学生に対しても、話し合いを最優先とし、学部長や三鷹国際学生宿舎特別委員会との話し合いを、数え切れないほどおこなってきました。また、教官は教育と研究のための貴重な時間をさいて、のべ4000人以上が参加して当事者としての直接的な説得による解決をめざしてきました。職員も、数千時間にわたる膨大な就業時間を割いて問題解決への協力をおこなってきました。ところが、このような努力にもかかわらず、旧駒場寮建物を占拠する学生たちは、明け渡しに応ずるどころか、入寮勧誘を続けるなど、違法な行為を繰り返し、学部の説得に耳を傾けようとしなかったのです。かれらは、表面的には「話し合いによる解決」を主張しながら、三鷹国際学生宿舎特別委員会との話し合いの席上においては、じっさいには、建設的な協議に入ることを忌避し、問題の解決を先延ばしにするという態度に終始してきたのです。

 「キャンパス・プラザ」の建設を目前にひかえたいま、学生諸君の福利・厚生施設の実現にこれ以上の支障が出ることは、どうしても避けなければなりません。そこで、学部としては、事態の打開のために、裁判所に第三者としての公正中立な判断を求めざるをえない状況へとたち至ったのです。

3.大学の自治と責任について

 今回の措置を、大学の自治の侵害である、と非難する声があります。しかし、「大学の自治」の名において、市民社会のルールに照らして違法でしかない事態を大学が放置し続けることを求めるのは誤りです。教養学部が、教育と研究の自由の拠り所として、大学の自治を根幹とすることは、従来も現在も変わりはありません。しかし、大学の自治は、市民社会に対する明確な責任に裏打ちされたものでなければならないはずです。とくに、国立大学の予算の執行や建物管理に関しては、国民に対して明確な責任があることを、たえず念頭におかなければなりません。大学の構成員として、社会に対する責任を共有すること、市民社会のルールを自覚したうえで、教育と研究の自律的な営為に参加することにこそ、大学の自治の原点はあるのです。大学は、けっして社会に閉ざされた論理のまかりとおる場であってはなりません。

 駒場学寮の廃寮は、旧三鷹寮とともに宿舎機能を統合して三鷹に国際学生宿舎を建設するという、東京大学が国民に対して公にした意思を実現する上で、避けて通ることのできないプロセスでした。そして、現にすでに、三鷹国際学生宿舎という福利・厚生施設の実現により、東京大学の多くの学生がその恩恵を受けている以上、その約束を反古にすることは国民に対する背信行為となってしまうのです。

 学生の皆さんには、「学生の自治」の根拠が「大学の自治」にあること、そして、「大学の自治」が社会に対する責任を免れたものではないことを真剣に考えてもらいたいのです。「学生の自治」は、学生の自治団体が決めたことを、大学当局に認めさせるということによって成り立つものではないのです。市民社会の論理を踏まえてこそ「大学の自治」は真に実効的なものとなるのであり、「学生の自治」は、社会に対する大学の責任を共有することによって、初めて「大学の自治」を真に構成する力になりうるのです。

4.問題解決への努力を訴える

 駒場学寮の廃寮はすでに覆すことのできない決定済みのことです。そして、旧駒場寮建物の速やかな明け渡しを求めることは、駒場キャンパスの将来計画の推進のために、是が非でも進めてゆかなければならないことがらです。旧駒場寮の明け渡し問題が法的措置という新しい段階を迎えたいま、学部としてはあらためて市民社会のルールに照らしつつ、問題の理性的解決を求めていくつもりです。学部は、学生自治諸団体との話し合いはもちろん、居座りを続ける学生とも話し合いを継続してゆく意志をもっています。

 学部は、これからのキャンパス計画の実現に際して、学生諸君に積極的な役割を演じてほしいと思っています。また、学部と学生との間の風通しのよい情報交換のシステムづくりなどについても、将来に向けて建設的な対話を発展させてゆくことを願っています。

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