本学医学部附属病院分院 小児科
早川浩科長に聞く

 昨今、環境や健康に対する関心が高まりつつある。とりわけ、今年はO−157による食中毒が発生し、「健康」について考えていくきっかけになったのではないだろうか。そこで、今回本紙では、健康特集として、「アトピー」について考えていく。本学医学部附属病院分院の早川浩・小児科長に話を聞いてみた。


アトピー性皮膚炎について

 ――アトピー性皮膚炎は増加傾向にあると言っていいでしょうか?

 古い統計がないので、それと比較して増加しているかどうかはわからないのが現状ですが、最近十年をみてみると、増加していると言っていいでしょう。

 昔は、急性の感染症など、死に至る病気がもっとたくさんあったので、アトピー性皮膚炎はあまり重要視されず、統計がないのでしょう。

 ――アトピー性皮膚炎と、普通のアレルギーは違うのでしょうか?

 「アトピー」と「アレルギー」は同じ言葉ではありません。簡単にいうと、「アレルギー」というのは広い意味で、「アトピー」は「アレルギー」の一種です。また、「アトピー」はアトピー性皮膚炎の略ではないのです。一般の人は、混同してますが。

 アレルギー反応の中には四つのタイプがあります。その中の「T型アレルギー反応」を起こす体質のことを「アトピー体質」、その反応のことを「アトピー反応」、そしてそれがメインになって起こる疾患を「アトピー疾患」と言います。

 「T型アレルギー反応」というのは「即時型アレルギー反応」というもので、免疫グロブリンE抗体が反応して、肥満細胞に刺激が加わり、その細胞が細胞質に持っている顆粒を細胞外に放出します。この顆粒には、“ヒスタミン”や“ロイコトリエン”など、炎症を引き起こす物質が含まれており、ヒスタミンの働きで血管から血漿(けっしょう)が漏れ出て、皮膚に蕁麻疹(じんましん)を起こしたり、ロイコトリエンの働きで好中球や好酸球などの白血球が集められ、その後赤い斑点やしこりなどを引き起こします。

 典型的な例としては、アレルギー性鼻炎、いわゆる花粉症です。それから、喘息、アトピー性皮膚炎などです。

 ただ、アトピー性皮膚炎というのは、アレルギー疾患として有名なものですが、アレルギー現象だけに基いて発症するわけではなく、他に関係する要素がいくつかあります。その中で重要なのは皮膚の性質で、たとえば、脂肪の構成が違っているとか、乱れ、異常が基本にあるということです。

アトピー性皮膚炎と小児科

 ――アトピー性皮膚炎と小児科の関係は?

 アトピー性皮膚炎の専門家は皮膚科なのですが、アトピー性皮膚炎というと小児科が出てきます。なぜかというと、アトピー性皮膚炎は子どもに多いからです。主に、赤ちゃん、年少の子どもが多い。年長になればなるほど少なくなってきます。普通は、幼稚園に行く頃には治ってしまうし、遅い子でも中学位には治ってしまう。また、小児科というのは、子どものいろいろなことの面倒を見ます。時には受験の世話までします。そういう科なのです。

 それから、アトピー性疾患、喘息などは、起こりやすい体質を持っている人がいるのです。そういう人は、小さい頃にまずアトピー性皮膚炎が出ます。だから、アトピー性皮膚炎は、アトピー体質を持っている子の「序曲」なわけです。そして喘息や鼻炎、蕁麻疹が出てきます。アレルギーが次から次に出てくるので、これを「アレルギー・マーチ」と呼んでいます。これは、正式な言葉ではないのですが。

 アレルギーをなるべく出さないようにするのが、小児科の役目です。もちろん、治療もしますが。

 また、アレルギーは、特定の物質に過敏なのです。この物質のことを「アレルゲン」と呼びますが、赤ちゃんや年少者は食べ物でなりやすい。年長者では、環境が多く影響する。有名なものは、ダニ、ホコリ、カビなどです。

 三大アレルゲンなどと言われていますが、一番目が鶏の卵、二番目が牛乳、三番目が大豆です。我々の経験では、卵、牛乳は確かにそうですが、大豆はそれと比べると関係が少ないです。

 ――母乳が子どもに与える影響はどうでしょうか?

 母親が食べたものから影響を受ける場合があります。アレルギーというのは、微量なものが体に入って引き起こすものです。母親が卵一個食べても、微量な成分が母乳を通して入ってくるのです。

 では、牛乳栄養と母乳では、どちらがアレルギーになりやすいかというと、これは世界の小児科の大テーマになっています。それについての論文は、一九三六年に初めて発表されました。二万人の赤ちゃんを比べたのですが、これで、母乳のほうが湿疹がでにくい、という結果がでました。それから、六十年間に山のような論文がでましたが、一勝一敗というところです。

 ただ、アレルギーの問題だけならば一勝一敗ですが、母乳のメリットはアレルギーの問題だけではないですから、総合的には母乳のほうが良いでしょう。

 ところで、卵に敏感な赤ちゃんならば、母親にも卵を控えていただくようにします。しかし、産婦人科の先生は、「妊婦は、卵や牛乳をどんどん食べなさい」と言うのです。

 また、生まれたばっかりの赤ちゃんに牛乳を与えたら、牛乳アレルギーになってしまった症例があります。これは、胎内感作です。胎児の時に、すでにアレルギーになりやすい体質になってしまったと考えられます。

 これは、生物学的にはあり得ますが、極めてまれです。

アレルギーと遺伝の関係

 ――アレルギーは遺伝的なものでしょうか?

 遺伝的なものでしょう。今、研究が進んできていますが、おそらく、もう少し経てば、遺伝子が分かってくるかもしれません。ただ、遺伝子は一つではないので、研究は難しいかもしれません。

 母親にアレルギーの素因がある人のほうが出やすいようです。もちろん、お父さんに素因があって、母親になくても、なる人はいますが。これははっきりとは分かっていないようです。

 ――男と女、どちらがなりやすいのですか?

 アトピー性皮膚炎については、あまり性差がありません。ただ、喘息はあります。男の子の方が多い。アレルギー疾患全体では、どちらかというと、男の子のほうが、やや多めのようですね。

 ――兄弟において、症状が出る人、出ない人がいますが…。

 遺伝には、優性遺伝と劣性遺伝があります。優性遺伝というのは、わかりやすく言えば、「子孫はみなそういう病気になる」という強い遺伝です。

 アトピーの遺伝は劣性遺伝のようです。優性遺伝といっている学者はいません。

 ただ、現実にはいろいろなケースがあります。最初の子が、アレルギーで悩んだ経験がある母親に、「妊娠後期八か月以降、卵など食べないように」、と厳重にして生活した群と、そうでない対象にわけてみたのです。その結果、制限したほうの子供の症状が少なかった、という研究があります。

 しかし、この研究には多少問題があります。劣性遺伝だから、何も対策をしなくてもアレルギーになるかどうかは、わからないものなのです。その辺があいまいなのです。

治療法についてなどは?

 ――治療法について教えて下さい。

 今まで述べたように、アトピー性皮膚炎は原因がよくわかっていません。関与する要素が非常にたくさんあるので、一つの原因に絞って治療することが難しい。そこで、症状をやわらげようと努力するわけです。そこで大切になってくるのが、ステロイド剤です。

 ただ、皮膚科は、そのステロイド剤を使う前に、皮膚の性質ということを考えます。荒れやすい性質なのかどうか。だから皮膚のケアをまず考えます。それだけでかなりよくなってくる人も多いようです。皮膚が乾く人には、保湿剤を使ったりします。ただ、それだけではなおらない、という時に、ステロイド剤を使います。

 アレルギー反応が大きく関係している人、たとえば赤ちゃんなどでは、食べ物を制限したりします。

 副腎ステロイドを飲んで、全身に効かせれば症状は良くなりますが、ステロイドは全身に投与すると、ものすごい副作用が出ます。非常の時以外はほとんど使いません。

 ――小児科ではどうでしょうか?

 基本的には同じです。全身のステロイドは使わないけれど、そのほかの抗アレルギー剤や軟膏療法は同じです。ただ、大人が使うようなものは使わないですね。

 軟膏には五段階あるのですが、「マイルド」、せいぜい「ストロング」くらいまでですね。

 ――精神的な問題は影響しますか?

 これは重要な問題です。年長の小児は無視できないし、特に、大人は無視できません。

 例えば、東大に二回ほど落っこちた人がいましたが、見事東大に合格したとたんに症状が良くなったのです。これは、ストレスが影響したのか、それとも勉強に夢中になって体を綺麗にしていなかったとか、いろいろな原因があると思いますが。

 また、大人が、仕事の上で左遷されたとか、非常につらい目にあった、という時に、症状が突然出てしまう時もあります。

 ただ、赤ちゃんなどにはほぼありません。赤ちゃんの尻をたたいたら症状が悪くなった、ということはありません。年長者の問題です。年少の小児の場合は、精神活動が発達していないというのがあると思います。

 ただ、ここは漠然とした領域で、仮説はありますが、きちんとは分析されていません。

 「脳神経と体の働き」、これは二十一世紀の医学の重要なテーマです。

 ――子どもの時は、特に症状はなかったが、大人になって症状が出てくる人がいますが…。

 症状が出てくる人というのは、もともとそういう遺伝子をもっているわけです。遺伝子をもっているだけでは、発症しないのですが、そこに生活上のファクターが絡んできて発症する場合があります。精神的な問題もからんでくるかもしれません。それから、もっと具体的には環境でしょう。花粉症の人も、花粉がなければ治ってしまうわけですから。

 その他、年令によって人間の体は変わってくるわけだから、それがまた影響するかもしれないですね。

 ――予防法としては?

 予防としては、自分はそういう体質をもっているかどうかを知ることですね。両親や兄弟が素因をもっている場合は、危険性が高い。また、IgEを調べてみることでもわかります。

 食事制限もありますね。しかし、一生卵を食べていかないわけにはいかない。多少症状がある人は、理解して制限することも必要。日常生活で考えて、容易にできることをすることです。

 それと、IgEの値が低くても、絶対症状は出ない、という保証はありません。「今は出ない」というだけであって、将来でる可能性はあります。


【早川浩(はやかわ・ひろし)】一九三六年、埼玉県浦和市に生まれる。昭和三十八年東大医学部卒業。東大医学部小児科に入局。講師、助教授を経て現在に至る。