蛇と文明(33)

サタンの印

蛇の姿の鳥神ケツァルコアトル

 ケツァルコアトルとは、トルテカ族の言葉で羽蛇(ケツァル=尾が長く美しいカザリキヌバネドリ:コアトル=蛇)を意味し、有翼竜とも呼ばれる蛇の姿をした鳥である。トルテカ族とアステカ族が属するナワトル語圏では、鳥は太陽の光と眼前の空間の象徴であった。テオティワ力ンでは、ケツァルは昇る朝日のシンボルであり、蛇は大地のシンボルである。貝と関連しており、その星は金星である。ペルーやナスカでは、太陽神や鳥の姿の神が、蛇のような光線の後光で飾られていた。

 ケツァルコアトルには、いつも付き添っている分身がある。その名をソロトルといい、犬かジャガーに似た裸の醜い姿で描かれるが、ケツァルコアトルはこの姿になった時だけ、現世の外にある地獄と天国に行き来することができるという。(H・トリブッチ「屡気楼文明」工作舎 一九八九 一二〇−二二頁)

 アステ力では、人間の歴史を光や善の力と闇や悪の力の闘争の歴史と見て、前者はケツァルコアトル神の、後者はテス力トリポカ神の人格化したものであると考えた。アステ力人は前者には花と供物を供え、後者には人間の生けにえを捧げたのである。

卓越したマヤ人の天文数学技術

 ケツァルコアトルは、メキシコ高地を本拠に栄えたトルテカ族の神であったが、十三世紀にトルテ力を滅ぼしたアステカ族が、言わば引き取る形で崇拝するようになったという。ケツァルコアトルは、マヤではククル力ン(羽をもつ蛇)として崇拝された。マヤにある天文台と呼ばれる円形の建物のてっぺんは半球天井の小部屋で、窓が北と南に開いている。これはケツァルコアトルの星である金星が、地平線を横切る方角であるという。

 マヤ人の天文数学の技術は、古代メキシコ文明においても卓越したものである。前川氏によると、有名な金星方程式はコンピューターが計算したといってもよい程で、金星運行の誤差は六千年で一日という高い精度であり、金星の会合周期の数値は、現代のものと一致しているという。

 ジャガーや鳥や蛇の姿をした半人半獣のこの神は、メソアメリカだけでなく、北ペルーのチャピン文化にも、東のパラカスやナスカからインカにおいてすら見られる。牙のあるジャガー人間はコンドルの鶏冠と爪をもち、体中から蛇の頭を突き出している。手に握る王笏は、一端に鳥の頭、他端に蛇の頭が付けてあることが多い。

エジプト文明との共通点が多い 

 メキシコのピラミッドにまつわる鳥と蛇とジャガー。これはエジプトのピラミッドにまつわる鳥の羽を持ち、蛇の尾をしたライオン、スフィンクスを思い出させないであろうか。

 ピラミッドはエジプトでは王墓であったが、メキシコでは神殿をのせる基台であった。中米におけるピラミッドの分布範囲は百九十万平方`に達し、古代エジプト領土の二倍もある。発掘されたのはそのうちのホンの一部で、メキシコだけでも未発掘のものは十万にのぽるという。

頭蓋変形の目的は未だ分からず

 ジャガー人間の石彫で有名なオルメ力では、頭蓋を円筒形に変形させる習慣があったらしい。一見、蛇の頭部のようで無気味である。

 ラベンタからは、ひすいと蛇紋岩でできた六本の石斧と十六の小人形群が出土している。この像を見ていると、背を海に向けて立っているイースター島のモアイたちを連想する。このモアイ群はまた、ストーンヘンジなどのサークルとそれにづづくアヴェ二ューの列石や、力ルナックのアリニュマンを連想させるのだ。

 頭蓋の変形はナスカでも行なわれていた。生れた時から幼年期にかけて、紐で結んだ二本の小枝で額からうなじまでを挟み、次第に狭くしていくのであるが、ヴェズバールはこの変形の目的は正確には分からないという。現代でもアマゾンの部族がこの方法を用いているが、それは頭蓋と頭を平らにして、物の運搬を容易にするためだという。

天体運行を支配するニネベ常数

 ティワナコの神殿では、二九・七二三四aが長さの単位として使われている。前川氏によると、この長さはチチカカ湖の中の聖地、太陽の島の南端を横初る地点での経度の長さに基づいているという。イギリスのストーンヘンジ尺、インドのインダス尺、古代バビロニアのシュメール尺なども、当地の経度の長さから算出されている。現行の長さの単位も経線(=子午線)に基づいており、考え方は同じである。

 地球の経度が決定されたのは一五一五年であった。ナサの宇宙工学のモーリス・シャトランは、アッシュルバニパル王(前八−七世紀)のニネべ図書館から発見された、粘土版に記されている極めて大きな数に注目し、これから天体の周期が同一の出発点に回帰する大循環期、つまり天体の連行を支配する常数であるニネべ常数(=二十二億六千八百万日)の存在を発見したという。メキシコのキリグアの石碑には千四百七十四億二千万日(約四億年)や三百四十億二千万日(約九千八百万年)という過去の暦日が記録されているが、これもニネべ常数でピッタリと割り切れるという。

古代文明を導く主体はサタン?

 何故何万もの蛇を象る神殿ピラミッドが、時代から時代へと建造されねばならなかったのであろうか。何故遥か上空からしか分からない巨大な絵や図形を、人が住まないナス力の台地に描かねばならなかったのであろうか。如何なる技術がナスカの水路やコスタリ力の石球を生み出したのだろうか。何故アメリカ文明そのものが、ヨーロッパ文明と同様、時代と所を問わずサタンの印で溢れているのだろうか。

 サタン信仰によって生み出された文明は、古代世界を席捲していたようである。古代文明を導いた主体が本当にサタンであったならぱ、それを証す証拠は人類が残してきた有史以前の文明の曙にまで遡って発見できる筈である。それでは、蛇と鳥を中心とするサタンに関わるイメージを追って、出来得る限り過去を遠く遡ってみることにしよう。

          (つづく)


東大新報