今年の四月十二日をもって、本学は創立一二〇周年を迎えることになった。その記念に今回は、日本郵船(株)の会長であり、日本経営者団体連盟(日経連)の会長でもある根本二郎氏に、大学時代の思い出や大学生へのメッセージなどを聞いた。根本氏は「リベラルアーツが非常に重要であり、大学時代には幅広い教養を培ってほしい」と訴えていた。ちなみに、本学当局でも、今年一年をかけて、一二〇周年の様々な行事を行なう予定だそうだ。
東大創立一二〇周年にあたり、心よりお祝い申し上げるとともに、ますますのご発展をお祈り申し上げます。
1、学生時代の思い出
私は、一九四八年に東大に入学して、五二年に卒業したが、当時のテーマは、いかにして人間性の回復を図るかということであった。思想的には混沌としていると同時に、大転換していく過程で、いわゆるヒューマニズムの問題が議論されたわけです。戦後の荒廃していた時代に、生に対する執着、あるいは人間性の回復の問題を真剣に考えた。
日本が歴史的大事件に遭遇した後で、当時は確かに貧しかったけれども、非常に熱気があった。日本がめざさないといけないものは何かを真剣に求めていた。そういう時代に東京大学で学んだ。
岡義武先生の「近代日本政治思想史」というゼミでは、リーダーとは何かという指導者論を議論した。その時は、教授と学生との間に親密な関係があり、スキンシップがあった。
岡先生はまず、研究者は教育者でなければならないということを強調された。単に研究者として優れているだけでなく、学生の人格をつくりあげる教育が一番大事であると。また実際、会社に入ってから、経営者は教育者でなければならないということを強く感じてきた。つまり、人間尊重のヒューマニズムが大事であり、本質的には愛の問題ですね。それから物事を見る時は、複眼的な発想が必要であることが語られた。一方的な単眼ではなく、総合的な視野から全体を見る目を養うことが重要であるということ。また、非常に厳しいかもしれないが、価値判断を排撃して、事実を語らしめる実証主義の必要性。すなわち、物事の真実は現場にあるのであって、経営者も現場を一番大事にしなければならない。そのようなことが論じられ、先生の教えは今日まで非常に役に立ってきていると思う。
2、国際化時代における日本経済の課題と展望
わが国では一九六〇年以降、高度経済成長が続き、毎年一〇%以上の成長を達成していった。そこで、完全雇用がなされ、国民生活のレベルアップが実現していった。いわば、破局を乗り越え、繁栄の時代へと移行していった。ところが、日本経済は一九七三年の第一次オイルショック以降中成長してきて、低成長時代へと移行し、失業率が高まり、そして財政赤字も増加して行った。
その後、八〇年代以降、グローバル化が急進展したが、バブルで問題が隠れていた。しかし、近年に至って、その三重苦があからさまに現出してきた。ここで何が重要かと言えば、何と言っても働くことができる国民たちに機会を与えることである。すなわち雇用の確保が必要である。また、内外価格差をはじめとする高コスト体質を打破して、クオリティライフを実現しなくてはならない。
ただ私達は、経済などコインの表側だけにとらわれるのではなく、コインの裏側にあたる人々のこころの問題、教育の問題を解決していかなければならない。このことが、より本質的な課題である。
今日、日本はたいへんな問題を抱えているけれども、日本は五百兆円のGDPを持っている。また千二百兆円という国民の個人金融資産もある。これらをベースとして、今、改革を推進していけば、必ずよい方向へ進むことができる。ボーダーレスの時代ゆえに、市場は拡大していく。また情報通信革命がうまくいけば、魅力ある市場づくりができる。変化というものをネガティブに見るのではなく、新しい発展のためのチャンスとしてとらえる意識革命が必要だ。改革から発展へのダイナミズムが問われている。
3、未来を担う東大生へのメッセージ
過去から現在、そして未来へ至る歴史意識が重要である。それを縦軸とすれば、横軸の国際認識も大事である。その両軸の交わる所に今、自分が在り、つねに変化して行く中で自分の位置を確認する。これは、個人としても、大学としても、企業としても、そして国家としても必要であり、それぞれの位置する座標を自ら認識するということが大事だろう。又、そん根底には人間は何の為に生き、いかにして人類の発展に寄与すべきかの視点がなければならぬ。
そして、何事に対しても、うわべだけを理解するのではなく、構造的・立体的に認識した上で対策を講じることが重要である。
また教育においては、厳しさも、もちろん必要であるが、教授と学生のスキンシップは絶対に必要であり、そのような中で、確固たる自我を形成し、立派な人格をつくりあげてもらいたい。
学生諸君にあえて言いたいことは、リベラルアーツが非常に重要であるということだ。理系・文系を問わず、大学時代には、哲学・歴史・文学・芸術・自然科学など、幅広い教養を培っていただきたい。そして、「不易流行」という芭蕉の言葉もあるが、特に教養時代には、歴史を通じて変わらないテーマである「不易」にあたる「ヒューマニズムの問題」について真剣に取り組んでもらいたい。
また大学改革の中にあって、リベラルアーツが軽視されていく方向もあると聞くが、東京大学においては、リベラルアーツ教育をますます重要視していってもらいたい。
【略歴】ねもと・じろう 昭和三年(一九二八)十一月一日生まれ。昭和二十七年三月東大法学部卒。同年四月日本郵船株式会社入社。昭和五十五年取締役就任、企画部長兼務。昭和五十九年代表取締役及び常務取締役就任。昭和六十一年代表取締役及び専務取締役就任。昭和六十二年代表取締役及び副社長就任。平成元年代表取締役及び社長就任。平成七年代表取締役及び会長就任。同年日本経営者団体連盟(日経連)会長就任。平成二年には藍綬褒章を受章している。
最近は、環境問題に対する関心が全世界的に高まりつつある。たとえば、二〇〇四年のオリンピックは、環境五輪ともいわれている。なぜなら、“私たちの都市では、環境に優しいオリンピックを開きます”ということを旗印に、各都市がオリンピック誘致運動を行なっているからだ
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オゾン層の破壊、地球温暖化、異常気象、食糧問題…このような言葉は最近、非常によく聞かれる。だが、正直いって“地球は大きいから、まだ大丈夫”と冷静な意見を持っておられる方も多いだろう。淡青子もその一人であったが、最近、レスター・R・ブラウン編著の「地球白書」という本を読んで、見方が変わった
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我々の時代は、過去いずれの世代も体験したことのない事態に直面している。それは、人口爆発による地球の飽和という事態だ。この人口圧力が熱帯林乱伐、食糧不足、砂漠化、その他あらゆる環境問題の根本原因であるといっても過言ではない。人は地球にあふれ、どこを見渡しても、もはや原始の自然などほとんど存在しない
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地球の人口収容能力は、八十億人とも百億人ともいわれるが、この限界を越えれば、全世界が食糧を求めて衝突を起こすだろう。まず途上国に大飢饉が発生し、それが先進国も巻き込んで全世界的な危機に直面する。食糧問題をはじめ、環境問題、資源枯渇問題、南北経済格差などあらゆる問題は、もはや国境を越えている。自分の国さえ良ければ良いという態度は、二十一世紀では全く通用しないだろう
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環境問題の深刻さは、私たちの意識に大変革を迫っている。国主義を越え、世界主義、地球主義的視野をもった世代の誕生が急がれているのである。それは、吉川前総長が卒業式の式辞で述べていたように、身の回りの生活の意識変革からスタートしなければならないだろう。大学生として、東大生として、地球的な視野を養っていかなければ、と焦るのは淡青子だけであろうか。
1997 東大新報