「生命の科学展」開催

 7月2日から本学総合研究博物館において「生命の科学展」が開催されている。期間は8月9日までの約1ケ月間、午前10時から午後5時まで開館している(月曜休館)。ここではその展示の内容を紹介する。

●はじめに

 まず、この「生命の科学展」開催の背景と目的は何だろうか。それを理解するため、次に実行委員長を務めている坂村健教授の言葉を紹介する。

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入り口付近にある実物大の骨格模型
 地球上には植物、動物、人間と多くの生命が存在している。生命がどうして誕生したか、人間が病気になったときにどう直すか。生命に関する疑問は尽きない。学問は生命についてチャレンジを繰り返してきた。自然科学だけでなく、哲学的なアプローチも含めてである。特に近代になってからは、科学的な分野での歩みが著しい。人類何千年の歴史の中で、ここ数十年でのブレークスルーの連続は目を見張るものがある。マクロの博物学的な生命感から、ミクロの分子生物学的な生命感へと移り変わるにつれて、学問としての生命理解は深まった。
 しかし、同時に一般の人々がもつ生命感との乖離も問題になってきている。酵素の分子形状によるその働きの理解と、子どもの誕生の喜びを連続したものとしてとらえることは難しい。生命倫理上、解決しなければならない多くの問題が生まれているが、そこにも一般の人々が持つ生命感と生命科学の乖離が影を投げている。いまだにクローン羊の成功をヒットラーの再生につなげるような粗雑な議論がまかりとおる――それぐらい、一般の理解は追いついていない。また、専門家も人々に届く言葉で、生命の科学を語る方法を確立していない。
 このような現代、生命科学全般について、人々に届く言葉で情報を伝えるための展示会を行うことは、世界的関心事となっている。今回、英国年という機会に、英国のウェルカム・トラストと東京大学が協力して生命の科学に関する展示を行うことができたことは、喜びにたえない。
 本展示は3部構成になっている。植物、動物をベースとした近代生命科学のルーツから最先端までの第1部を東京大学各所で行われている長年にわたるチャレンジを中心に紹介した。生命の中でも最も一般の関心が高い人体については、第2部としてウェルカム・トラストが英国で行っている恒久展示をベースにした展示を行っている。そして、それらの基礎の上に立ち、病気治療などの応用的研究を行っている東京大学の医科学研究所――そのルーツから、その先端研究までを第3部として紹介している。
 専門外の人でもわかるようにマルチメディアテクノロジーを駆使した展示や、生命科学の研究にチャレンジする人々の姿、生命の科学において何がわかって何がわかっていないか――様々な切り口から、本展示が生命の科学に対する興味を持つきっかけになれば幸いである。


●第1部

生命の科学の基礎:植物と動物

国内全種類の蝶の標本
 第1部は生命科学の基礎分野である、動物学と植物学についての展示。まず、展示場入ってすぐ左には、日本における動物学と植物学の起源と成果についての展示がある。動物学の基礎は、本学動物学教室の初代教授であるモースの築いた功績が大きい。そのモースの様々な著作を通して、当時の日本の動物学の立ち上げの時代を振り返る。また植物学は江戸時代から薬草の研究である、本草学として盛んに行われていたが、当時の様子を伺わせてくれる「大和本草」「本草項目啓蒙」といった、本学理学部附属植物園所蔵のA級資料が展示されている。
 反対側の壁には、動物学と植物学の最先端の研究成果が展示されている。動物学の分野からは、試験管の中で人工的に生成させた動物の特定の器官と、キメラ・アホロートルの展示が、植物学の分野からは、蛍光物質を生成する遺伝子を組み込んだウィルスを植物に感染させて作った光る植物などが展示されている。
 また展示場中央に設けられたボックスには、日本国内の全種類の蝶と、世界最大の昆虫の標本が展示されている。国内の全種類の蝶の標本は、今回初めて一堂に集められたもので、日本の自然が生み出した昆虫の美しさを表現している。
 展示場の一番奥には日本の研究を世界に紹介するのに、大きな役割を果たした学会誌の流れに関する展示もある。


●第2部

生命の科学の基礎:人体を知る

臓器のパズル
 第2部は人体に関する展示。展示場に入ってまず目に飛び込んでくるのは、椅子に腰掛けた実物大の骸骨。この骨格模型にはワイヤーでレバーやノブがつながっており、それを動かすと首をかしげるなどのリアルな動きを見せる。その時に、骨がどのような動きをするのかがよくわかる仕組みになっている。また同じ台の上には人間の脊椎の模型もあり、複雑な動きに耐える脊椎の構造が見てとれる。
 次に展示されているのは「臓器のパズル」。壁に備え付けられているトルソ(彫像)の臓器が取り出し、組み立てできるパズルのようになっている。タイマーも備え付けられており、組み立てのスピードを競って楽しむこともできる。その裏には実物大の長さに作られた「腸」の展示があり、腸を引き出すことによってその長さを実感することができる。
 展示場の奥には脳の役割や心臓の機能を紹介する模型や、顕微鏡を使って人体の組織を見ることができる展示なども用意されている。
 展示場の出口付近にはもう一つのトルソの実物大の彫刻がある。この彫刻には模型の目、耳の内部、胃の中が組み込まれていて、医療用の検査器具を使ってのぞき、「検査」することができる。その他、人体の様々な音を聞くことができたり、自分の脈拍や心電図を測定することもでき、見学者が実際に体験できるよう工夫を凝らした展示が多い。専門的な知識のないものでも、人体の構造を直接目で、耳で、手で触れながら理解することができ、なかなか勉強になる展示である。


●第3部

生命の科学の応用:医の科学

 第3部のテーマは「医の科学」。展示は2部屋あり、一つの部屋では本学医科学研究所の歴史が紹介されている。左側の壁に設けられた展示スペースに、医科学研究所初代所長の北里柴三郎の紹介のほか、黄熱病の研究で有名な野口英世と赤痢菌の発見で有名な志賀潔が、医科学研究所の前身である伝染病研究所の助手に応募したときの、自筆の履歴書が初めて一般公開されている。
 部屋の中央にはガラス張りの3つの展示ボックスがあり、その中には馬の全採取を行っているところの模型、馬を保定しているところの模型、痘疱掻取の模型がそれぞれ入っている。また右側の壁には、ツツガムシ病の研究に関する資料などが展示されている。
 第3部のもう一つの部屋には、中央に展示カプセル、奥の壁に最先端のゲノムサイエンスの紹介、そして左側の壁にはデジタルミュージアム(仮想博物館)がある。デジタルミュージアムでは、スクリーン手前に設置された操作ボードを動かすことによって、画面上の人物を動かすことができ、その人物の視点から、コンピューターグラフィックスで作られた博物館の中を自由に見学して回ることができる。スクリーン上の博物館には、実際にさまざまな展示物が展示されており、道具を使ったり、説明を見たりして実際に博物館に行ったのと同じような体験ができるようになっている。