第25代
吉川総長は昭和8年8月5日、東京生まれ。東京大学工学部精密機械工学科卒。いったん、三菱造船長崎造船所(現・三菱重工業長崎造船所)に就職したが、純粋研究への夢を捨てきれず、半年で科学研究所(現・理化学研究所)へ。昭和41年に助教授として母校へ帰った。その後、ノルウェー工科大の客員教授など海外の大学勤務を経験し、53年、本学教授に。専門は、信用性工学、ロボット工学。生物の生存本能に学んで、自己修復するロボットなどの研究である。
平成元年4月から2年間、工学部長を務める。OECD科学技術政策委員会日本代表、精密工学会会長、CIRP会長。横断的、学際的な工学の開拓に力を注ぎ、設計行為をさまざまな定理群に分類してモデル化するという「一般設計学」を提唱。また「人工物工学」を提唱した。人工物工学とは「我々は何をどのようにつくるべきか」を考える新しい学問体系である。
平成5年(1993年)、第25代総長に就任。総長選挙後の記者会見では、狭い研究室、切迫する財政事情といった、今日の研究環境の貧しさは「限界を超えている」と率直に認め、「科学研究費の充実に向けて一層努力したい」と語った。有馬朗人総長が積極的に進めた大学改革を、特別補佐として支えた吉川総長は「改革の第一歩は踏み出されている。有馬学長の考えを踏襲し、迷わずに4年間を進みたい」とも話した。
東大が解決すべき学内の課題をまとめた、『東京大学 現状と課題』(東大白書)を公表した。その中で、狭い学問領域へのこだわりを捨てて考え方の枠組みを習得させる必要がある、と分析した。
入学式や卒業式では、「現代の邪悪なるもの」を指摘し、その解決のために新しい学問領域が必要であると訴えた。吉川総長の人格がにじみ出たその哲学的スピーチは学生を魅了した。
平成9年に総長退任。その後、同年に動燃改革検討委員会座長、日本学術会議会長、日本学術振興会会長、10年に放送大学学長に就任した。
受賞歴:精密工学学会論文賞(第13回・昭和37年度)、大川出版賞(平成7年)『テクノグローブ』、日本国際賞(第13回・平成8年度)
不登校の子どもがまた増えた。1997年度中の1年間に「学校嫌い」を理由に30日以上、学校を休んだ不登校の子どもは、小学校で20,754人(前年比6.4%増)、中学校で84,660人(前年比13.1%増)と過去最高を記録した。この結果、不登校者の割合は、小学校では378人に1人、中学校で53人に1人の割合に達した。
「学校嫌い」になる原因の一つに、もちろん「いじめ」がある。いじめは最近増加しているが、中身がより陰湿になってきていることが問題だ。
川崎市総合教育センターは、昨年3月、市内の小中学生3千人近くを対象に実施したいじめの実態調査を公表した。それによると、10年ほど前の調査と比べて、いじめの内容が、暴力を主体とするものから無視・嫌がらせ中心の陰湿なものに変質した。また、いじめる子といじめられる子との区別がつきにくくなっている。現場の教師はより一層目を光らせる必要が出てきている。
また、いじめられたことのある中学生の46.0%はいじめたことがあり、逆にいじめたことのある中学生の42.4%はいじめられたことがあることが、最近わかった。これは、日本PTA全国協議会が一昨年6月に全国の中学生2千人にアンケートした結果である。同協議会では「いじめた経験といじめられた経験のどちらが先かは分からない」としているが、加害者と被害者が容易に入れ替わる構造がうかがえる。
単純に、いじめっ子、いじめられっ子と区別できない問題の複雑さが浮き彫りになっていると言える。
また、最近はいじめによる自殺も深刻である。
今年3月、千葉県成田市の市立中学2年、鈴木善幸君(14)から先輩にあたる少年(17)が顔にナイフの刃を当てて金を脅し取ろうとした。さらに10日後、「払えなかったら、ぼこぼこにしてあばら骨を折ってやる」「金なんて死んじゃえば払わなくてもいいんだぞ」などと脅し、鈴木君は遺書を残し自殺した。
さらに4月、福島県会津若松市の私立W高校3年の男子生徒(17)が自宅の物置小屋で首をつって死んでいるのを父親に発見された。その1週間前に、生徒の同級生の男子5人が市内の公園などでこの生徒に殴る蹴るの暴行を加え、けがを負わせていた。
このような事件が起きたときに、必ず学校が責任を問われる。しかし、最近は学校の限界を認める意見も多い。
埼玉県の川越市立名細中学教諭で「プロ教師の会」の河上亮一氏は、「学校は、マスコミや父母にたたかれ続け、現実的な議論ができなくなっている。親ですら気づかなかった子どもの悩みを、40人もの生徒を抱えた教師が発見できるでしょうか。気づいたとしても、自殺した子どもたちは果たして、『教師に相談したい』と思ったでしょうか」と語る。また、河上氏は「この10年、自由・平等・個第一という価値が社会に広がり、学校にもストレートに持ち込まれてしまった。その結果、生徒の間には、好きなことは何をやってもいい、いやなことはやらなくてもいい、教師のことなんか聞かなくていい、という考え方が広まり、学校の規制力と教育力は大きく低下してしまった」という。
実際、教師は職員室での朝の打ち合わせに時間をとられ、自分のクラスの出席をとるとき、子どもたちの顔色すら見る余裕はない。生徒と話す時間もなく6時間の授業が過ぎ、放課後は部活動に追われる。その後は、残った雑用をこなす毎日だ、という中学教師も多いという。
そういう意味では、「スクールカウンセラー」制度は心強い。文部省が95年度から調査研究委託事業として導入し、98年度は47都道府県、1,661校に広がった。臨床心理士の資格を持つカウンセラーが不登校の児童・生徒の相談に応じているのだ。最近はかなり需要が多く、学生ボランティアを起用しているところもあるという。
文部省が実施した「いじめに関する全国調査」の分析結果(96年5月発表)からは、複雑な現代っ子のいじめの構造を見出すことができる。
まず、いじめた経験のある子どもの気持ちは、中・高校に進むに従い、「おもしろかった」「いい気味だと思った」と答える者の割合が増加することがわかった。いじめた子どもは、いじめに対する認識が不十分で、正義感や思いやりが不足していることが明らかになった。さらに、普通の付き合いだった、または仲のよい友達だったという関係からいじめが発生することが比較的多かった。普段の人間関係の延長にいじめがあることが、いじめの発見を難しくしているのだ。
また、いじめられた子どものうち、「先生に言う」と答えたのは小学校で3割弱、中学校で2割弱、高校では1割弱しかいなかった。
いじめをクラス担任に知らせない理由として、小・中学校では「余計にいじめられるから」が最も多く、小学校で46%、中学校で34%だったが、実際に担任が対応した結果、「いじめがなくなった」と答えた子どもは小学校で47%、中学校で43%、高校で37%に上り、逆に「余計ひどくいじめられるようになった」と答えたのは小・中学校ともわずか2%に過ぎなかった。いじめをなくすためには担任教師に告げることが効果的と知りながらも、そうできない教師と子どもの距離が浮き彫りになった。
また、文部省の「いじめに関する全国調査」は親子関係にも触れている。
いじめた経験がある子どもの親で、「自分の子どもはいじめたことはないと思う」が70%以上もいた。いじめられた経験がある子どもで、親がいじめを知っているのは、小学校で37%、中学校で34%、高校で18%だった。子どもがいじめの加害者や、被害者になっていることを約7割の親が知らずにいたのである。
さらに、同会議の最終報告書では、いじめの問題の解決には家庭が極めて重要な役割を担うことを指摘し、いじめの問題の基本的な考え方を家庭が責任をもって徹底することを訴えている。また、家庭の深い愛情や精神的な支え、信頼に基づく厳しさ、親子の会話や触れ合いの確保を求めている。
文相の諮問機関、中央教育審議会は、「幼児期からの心の教育」について検討していたが、今年6月30日、中教審として初めて家庭でのしつけに言及し、家族だんらんの重要性などを新たに盛り込んだ。
学校教育以前に家庭教育が極めて重要であるということである。少しずつだが、やっと日本の教育界が青少年問題の本質に近づいてきたようである。
(つづく) (誠)
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