今、何が必要なのか15
米国は今、人格教育推進 |
前回まで、「こころの教育」には何が必要であるかを見てきた。まとめれば、こころの教育には「父性」と「母性」、すなわち「規範教育」と「情操教育」が必要であるということになる。
まず、「規範教育」に関してだが、これまで見てきたように、わが国では日教組、日本教育学会、そして最近では山本直英氏や宮台真司氏に代表される無規範教育派が幅を利かし、まともな規範教育は行われてこなかった。そして今や、彼ら自身が手を焼くような「わがまま」生徒、「キレる」生徒が増大し、収拾がつかなくなっているのである。
米国では、1940年代に、カール・ロジャースというセラピストが「非指示的」アプローチをカウンセリングに持ち込み、学校教育にも大きな影響を与えた。ロジャースは、従来の伝統的なカウンセリングはカウンセラー中心的で指示的であると批判し、方向性を与えず善悪の判断をしない「非指示的アプローチ」によるカウンセリングを主張した。この方法は学校における価値教育に適用され、その結果、教師たちは善悪の価値に対して「非指示的」な態度をとるようになった。つまり、生徒たちに自分自身で価値を発見することを望み、大人たちは善悪の判断を下すことをやめるようになったのである。
ロジャースは、子どもが「自尊心」を持てば、その子どもは悪いことをするはずがないと確信していた。彼の「非指示的アプローチ」は、自尊心を育てることを強調した。大人が子どもに自分の判断を押しつけると、子どもの自尊心を損なうと、主張したのである。
このことに関して、カール・ロジャースに詳しく、世界的に有名なキルパトリック・ボストンカレッジ教育学部教授はこう言う。「当時は実に多くの教育者たちが人間の本性に関して『ルソー主義』を取っていました。子どもたちは生まれながらに善であるとみられていたのです。もし子どもたちが内なる本性に触れられるよう導かれ、大人たちがその邪魔をしないように指導すれば、彼らの中に自然に備わった善性が力強く花開くだろうというのです。この考えは、依然としてアメリカの教育に根強く残っていますが、この考え方がもたらした害悪を、親や教師たちがますます認識するにつれ、急速に姿を消しつつあります」。
ルソーの人間観・教育観とはいかなるものだろうか。
ロジャースの理論は60年代、70年代と、米国社会が混乱していくにつれて広まっていった。多くの米国人が過去の文化的価値観は継承するに価しないものと考えるようになり、青少年たちは自分たち独自の価値観を発展させたほうがよいと考えるようになったからである。
学校教育でも価値相対化が進み、クラスでは「正しい答え、間違っている答えというのはない」となった。
さらには性教育にも非指示的アプローチが取り入れられ、個人の性の自由と権利が主張されていった。そして、禁欲ではなく、避妊を中心とした教育となっていったのである。
このような「非指示的アプローチ」は、山本氏や宮台氏が支持する無規範教育、性解放教育と同じである。
キルパトリック教授は、ロジャースの『自尊心』仮説は非常に疑問が残ると言う。「自尊心の高い子どもは『自分は正しい。そして、自分がしたいことは何でも正しい』と考えるでしょう。事実、多くの最近の研究は『自尊心』と『良い行動』は関連性がないことを示しています」と主張する。
同教授はロジャースの理論について、「道徳に対して完全に主観的、かつ相対的なアプローチである」とし、疑問視する。
ロジャースの「非指示的アプローチ」を取り入れた米国はどうなっていったか。60年代から、80年代にかけて、米国の凶悪犯罪は実に6倍近く増加。婚外子が4倍、離婚率も4倍に増えた。また、ティーンエージャーの妊娠も深刻で、毎年20歳前の女性の10人に4人が妊娠し、その数は100万人に達している。
米国は、「非指示的アプローチ」によって、明らかにモラルの崩壊が進み、深刻な状況になってしまった。
しかし、90年代に入って、善悪の価値を明確に示す「指示的アプローチ」を取り入れた「人格教育」が米国で注目を集めている。その推進の第一人者であるトーマス・リコーナー教授(ニューヨーク州立大学)は「人格教育は単なる価値や道徳を知るだけではなく、道徳や価値に対して深い関心を持ち、それに基づいて行動することを目指す」と、実践の中で体得させる教育方法をすすめている。
米国教育省は、94年から小中学校教育令によって「人格教育」を認可し、全国的に推進している。現在、NSBA(全米教育委員会連合)の3206学区のうち、45%が「人格教育」を導入している。また、36%は近いうちに導入したいと考えているという。
わが国も、無規範教育派の山本・宮台路線ではなく、米国のように、過去の失敗から試行錯誤の結果たどり着いた教育方法を見習っていくべきではないだろうか。 (つづく)
(誠)
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