ホームレス襲撃事件

北村年子著

 95年10月18日、大阪・戎橋で起こった24歳の青年によるホームレス襲撃、殺害事件の裁判経過を追いながら、著者自身が犯人「ゼロ」および彼の友人、母親に接触して、事件の真相と背景を探ったルポである。
 当時、いわゆる浮浪者狩りが各地で頻発していたため、本事件もそれら同様、面白半分の弱い者いじめと思われ、検察側は懲役7年の重刑を求めた。浮浪者を橋の上から道頓堀川に投げ込んで殺したという事件の派手さ、世論の関心もそれを後押ししていた。しかし、著者がゼロやその周辺からの取材を進めるにつれ、それほど単純な構図ではないことが明らかになってくる。
 ゼロ自身もてんかんの持病があり、小学校の頃からいじめられてきた。弱者いじめは連鎖する。社会人となったものの仕事を続けられないゼロは、いつしか気の合った仲間のいる戎橋にたむろするようになる。そして、そこに野宿していたホームレスたちをいじめ始める。いじめられる側からいじめる側へ、それはいじめを体験した多くの子供たちがたどるパターンでもある。
 「なぜいじめたのか」という検事の問いに、ゼロは「うじうじして、いじめられている時の自分のようだったから」と答えている。そして、自分が辛い時、いじめることで少し気が安らいだという。自分がみじめに見えると、人はもっとみじめな人を探し出し、あれほどみじめではないと思って、少し安心する、そんな心理は誰にでもある。ただ、普通はそれが傷害、殺人にまでは至らないだけである。著者はいじめを考える会での体験などを援用しながら、自分の中に価値を見出せない少年の苦悩を拾い上げ、今の教育が抱えている問題の核心にまで迫る。
 周囲の励ましでゼロはやっと自分の言葉で反論できるようになる。依存から自立へ、そうした精神の転換こそが、問題解決のキーワードであることを暗示している。      (T)
 (太郎次郎社、本体2200円)