淡青手帳

第890号(2003年5月25日号)

 新緑の季節。空や風景の写真を撮るのが好きで、常にカメラを持ち歩いている。安価なインスタントカメラでも、それを持つことによって、その日その時が貴重に思えてくるのも、小さな心の作用だと思って楽しんでいる。

 本郷キャンパスでは、毎年秋になると赤黄緑の彩りが校庭を染めて、勉強に追われる心が癒される。だがそれ以上に感動したのは、初夏だったか、駒場キャンパスの銀杏並木のちょうど切れ間に、すっと落ちる夕日を見た時だった。

 小さな日本にいると、自然は人の手で手入れできる代物のように見えなくもない。しかしそれはあまりに矮小な感覚だろう。大自然に囲まれてみると、人は何かに生かされている存在であることが分かるはずなのだ。

 最近「癒し系」という言葉が流行しているが、包み込まれるような温かさを太陽に感じたり、空に広大さや自由を、海に深遠さや神秘を、山に偉大さを、森林や渓谷に安らぎを感じたりする。これが本来の自然と人との対話なのではないか。

 慌ただしい日々をあくせく過ごしているにしても、普段の生活に対する見方を少し変えるだけで、何かに感動したり、誰かに感謝したりできる機会はここそこに散在している。心の豊かさとは、それらを感じ得る力なのではないだろうか。

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