831号(2001年5月15日号)

学部長インタビュー

薬学部長 桐野 豊 教授

桐野 豊 教授

薬のモトの開発を目指す

――薬学部の簡単な紹介をお願いします。

 薬学部は学部学生1学年の定員が80名で、10ある東大の学部の中でも最も小さい方です。大学院重点化と言われて、大講座制の研究室が組織的に増えてきてはいますが、いまだに薬学部の19の研究室は、原則的には教授、助教授一人ずつ、助手二人の小講座制です。大講座制にすると、かえって各講座の研究、教育の単位が小さくなってしまうからです。
 薬学部が伝統的に得意としている研究分野は有機化学です。東大創立時は医学部薬学科として、有機化学、特に天然物化学の研究を行っていました。昭和33年に薬学部として独立、最も新しい学部となりました。このとき、物理化学、生物化学も導入されました。今では生命科学の分野をかなり広くカバーする研究室もたくさんあります。
 理学部、農学部にも有機化学や生命科学があります。薬学部は他の学部とどこが違うかというと、有効な薬のない病気に対して、新しい薬を作るという点です。薬を「作る」には「創製」と「生産」の2種類がありますが、薬学部の使命は「創製」です。今までなかった薬を作って病気に対抗するのです。この薬の創製、すなわち「創薬」を意識しながら、それぞれの研究室において基礎研究に取り組んでいます。
 また最近は、19の研究室が力をあわせて薬のモトを発見しようという動きが見られます。薬学全体の力をあわせてやっていこうという試みです。個々の先生、研究室においては、企業の研究機関などと協力して創薬の研究を行っていましたが、それでは直接的に学問の成果が社会に還元しにくかったのです。そこで、もう少しこちら側で総合化し、薬のモトを提供しようという、統合した創薬がより意識されるようになりました。もっと直接的に大学が社会に貢献していこうというわけです。これによって、以前よりも創薬の全体像というものが見えやすくなったのではないかと思います。この具体的な取り組みとして、寄附講座というものを二つ作りました。これは国のお金ではなく、民間の資金を寄付していただいて作られた講座です。その一つが「創薬理論科学」という講座で、ここで19の研究室の成果をまとめ、薬のモトを発見しようという試みがなされています。

ターゲットは未解決の病気

 地球上にはまだまだ未解決の病気があります。20〜30年前は結核や伝染病といった感染症が大きな問題でした。これは主にバクテリアなどの病原菌が、外から体内に入っておこる病気です。今では抗生物質によって一応解決、またはコントロール可能な圏内にあります。これはバクテリアとヒトの細胞の構成が違うからできたのです。ゆえに、選択毒性を持った薬が効果を発揮しました。
 しかし、今はエイズのようなウイルス性の病気が重要になっています。これは核酸がヒトの細胞の中に入って起こる病気で、抗生物質では効きません。ワクチンが一つの予防手段ではあるのですが、全てに効果を発揮するわけではないので、例えばインフルエンザのように、ワクチンが違えば大流行してしまうということもあります。いまだにかなり多くのウイルス病が未解決のままです。
 更に、心臓病や痴呆症といった人体内部に起因する病気が非常に重要になっています。このような生活習慣病ともいわれる内因性の病気は、その解決が容易ではありません。その一つとしてDNAの変化による遺伝子異常の病気、ガンを例に挙げると、正常な細胞とガン細胞の差が小さいので、病原菌によって引き起こされる病気と違い、有効な薬は難しいのです。今も世界中で日夜薬の研究がなされていますが、東大薬学部においてもこの基礎的部分の研究に取り組んでいるというわけです。
 薬学は医学や看護学と並んで健康科学の一つです。ただ、医師や看護婦は個々の患者に対応するのに対し、創薬の研究者は、もっと大きい「病気」というものをターゲットにしている点が特徴といえるでしょう。人類の健康を守るという点では同じなのですが、やり方が違うのです。地球上でどんな病気が重要であるかを知り、それに有効な薬を作ろうというのが、薬学の使命と言えるでしょう。基礎研究の内容自体は他学部とそんなに変わらないのですが、目指しているものが違うのです。

薬学と社会をつなぐ研究

――薬学部の最近の動向についてお聞かせください。

 最近の動向としては、やはり19の研究室の総合化が挙げられるでしょう。また21世紀は、より専門家が重要となってくる時代になると思います。今でも、専門家に頼らないと解決が困難な問題がたくさんあります。そして専門家が重要となる社会では、専門家と専門家、また専門家と一般市民を橋渡しする役目が必要となります。つまり、薬学部でいえば新しい薬を作ることと社会との関係の研究が必要となってくるのです。
 そこで、「医薬経済学」というもう一つの寄附講座を設け、薬の開発を実用化するに当たり、どれだけ社会的にメリットがあるかを予測する研究にも取り組んでいます。現在、多くの医療手段はありますが、その一方で医療資源の方は有限です。またある種の医療技術は有効ですが、高額でもあります。そのような視点で、薬学と社会をつなぐ接点を研究するのがこの講座なのです。従来の19の研究室は全て実験科学で、水溶液などを利用する、いわばウエット・ラボラトリーですが、それに対してこの講座は、使用するのがコンピュータのみという、薬学部初のドライ・ラボラトリーになります。これが大きな特徴であるといえるでしょう。

自分の内面を見つめる機会を

――最後に、これから教養課程で学ぶ新入生に、先生の方からアドバイスをお願いします。

 小間副学長も以前インタビューで答えておられましたが、きちんとした教養課程があるのは、日本では東大だけです。これは東大の優れた点だと思います。リベラルアーツをしっかり勉強し、ぜひ教養課程の1年半の間に、自分のやりたいことを発見して専門課程に進んでください。
 薬学部は教養時代の点数が高くないと進学できないところです。ほとんどの学生は、もちろん薬学を学ぶために進学してきますが、自分の能力を示すためだけに点数が高いところへ進学するという学生もごく少数いるのではないかと思うことがあります。もしそうだとしたら、せっかく進学しても勉強に対する熱意が湧きません。自分が何をしたいのか、何が自分にとって大切なのかをしっかり考えて進学先を選んでください。教養課程の間に自分を発見するのです。高校時代は受験に追われて、自分の内面を見つめる機会がなかった人もいるかもしれません。大学ではこれまでと違う、新しい学問に触れながら、自分は何をしたいのか、また自分とは一体何なのかを真剣に悩んだ方が良いでしょう。点数の良い人で、あまり悩まないまま専門課程にやってくる人もいますが、そうすると今度は大学院等で悩むことになると思います。ですから教養課程で悩むのが一番良いのではないでしょうか。


学部長から
贈る言葉


832号(5月25日号)

831号(5月15日号)

830号(5月5日号)

829号(4月25日号)

828号(4月15日号)