998号(2007年2月25日号)

主張

他国への無関心 克服すべき


 気候の温暖化が指摘されて久しい。温暖化が今のペースで進むと、今世紀末の平均気温は20世紀末に比べ、最大で6.4度上昇するという。国連の気候変動に関する政府間パネル(IPCC)の第一作業部会が1日、地球温暖化に関する最新の科学的知見を集約した第4次報告でこのように発表した。

 IPCCはまた、20世紀半ば以降の地球の平均気温の上昇は、90%を超える確率で人為起源の温室効果ガスの増加が主因だと評価した。地球の寒暖は太陽の状態、火山の噴火、人間の営みなどが複雑に絡んで変化することから、これまでは、温暖化の大半は自然変動の一部ではないかとする見方があった。今回の報告はこの説を否定したことになる。

 IPCCの報告書は、今後起こりうる気候変動にも言及している。それによると、赤道周辺の多雨地域と高緯度地域で雨量がさらに増える恐れがあるほか、海水のアルカリ度が下がりサンゴの殻が溶ける、台風やハリケーンの強さが増すなど、異常気象やそれに伴う被害が拡大する可能性があるという。

 もちろんわが国の気候もこれと無関係ではない。国立環境研究所は、今世紀末にはわが国で最高気温30度以上の真夏日の日数が現在の2〜3倍になったり、エルニーニョ現象により6月〜8月には豪雨になる頻度が増したりすると予測している。

 そこで問題になるのが今後の対策だ。その構築と推進が急務であるのは言うまでもないが、このような地球規模の課題に対し、世界主要国の足並みがなかなかそろわない。世界一の二酸化炭素排出国である米国が京都議定書から離脱しているほか、2位の中国やインドなどの途上国にも削減の義務はない。中国は「削減義務は先進国が先」として途上国の削減義務を受け入れない構えを示している。

 日本も世界第4位の二酸化炭素排出大国である。日本としてはまず京都議定書の目標達成を目指すべきだろう。京都議定書で日本が負う義務は、08年から12年までの5年間の温室効果ガス平均排出量を、基準年(1990年)比で6%削減することである。しかし、05年の排出量は基準年比で逆に8.1%も増加しているのが現状だ。

 こうした実情を踏まえ、政府は二酸化炭素の排出量に応じた経済負担を求める環境税の導入を検討している。電気自動車、ハイブリッド車、天然ガス車などの開発により自動車の燃費改善も進んでおり、これによる削減も期待できる。また、政府はチームマイナス6%というプロジェクトで、国民に温暖化に関する情報を提供したり「冷房は28度に」といった国民ができる対策を周知したりするなど、環境問題に対する意識啓発にも力を注いでいる。こうした取り組みを継続していくことで、目標を達成していきたいものだ。

問題解決の道を阻む「利害関係」

 環境問題解決に向けたさまざまな技術開発、あるいは意識の啓蒙は、確かにそれなりの成果を挙げつつある。しかし地球規模で進行する温暖化などの環境問題に対し、これらは未だ有効に機能しているとは言い難い。問題解決への道を阻む要因はいくつかあるが、中でも大きな割合を占めているのが「利害関係」による足並みの乱れではないだろうか。

 例えば環境税の導入に対しては、新たな課税が企業の活力を奪い、それが景気に悪影響を及ぼすとして反対する動きがある。またハイブリッド車の普及を促進するため燃費の優れた車を優遇する税制措置をとるとなれば、これに適応できない企業からの反発が予想される。米国や中国が京都議定書に参加していないのも、結局、経済成長を強く求める経済界からの圧力や国内世論に押され、自国の利益を優先せざるを得ないからだ。

 もちろん、為政者にとって、国内世論を敵に回しながらの国政運営は容易なものではない。冷暖房を制限され、税負担が増えるなど、その痛みをより身近で感じるようになれば国民の不満も募るかも知れない。しかし、その一方では海水面の上昇により現に国土消滅の危機にさらされている島国があり、国土の急速な砂漠化に危機感を募らせている国がある。20世紀中の上昇が0.6度であった世界の平均気温が6.4度も上昇するとなれば、それが生態系に影響を及ぼさないはずがない。生態系にせよ気候システムにせよ、いったん破壊されたものを人類の手で再生することはもはや不可能に近いのかも知れない。

 海水面の上昇は世界共通の現象であり、生態系の維持も国境を超えた課題だ。対策をめぐってさまざまな利害が対立しているのは確かだが、しかしそうした捉え方自体、視野の狭い見方ゆえのものなのかも知れない。なぜなら、環境問題自体が既に国境を超えており、このまま放置していては遅かれ早かれ我々の生活に多大な影響を及ぼすことが予想されるからだ。広い視野と十分に長い時間スケールでこの問題を見つめるなら、各国の利害は多くの点で、むしろ一致していると言えるのではなかろうか。

恐ろしいのは目に見えない脅威

 他国からの目に見える脅威に対して為政者は敏感だ。しかしこと目に見えない問題となると、その対応は遅れがちになる。国民の関心も目に見える便利さや目先の利益に向きやすい。だが本当に恐ろしいのは、目に見える脅威よりもむしろ見えない脅威であり、他国に対する無関心、利己心ではないだろうか。地球の将来は、こうした無関心や利己心をいかに克服し、質の高い世論をどれだけ広く形成できるかにかかっているといっても過言ではないかも知れない。我々は地球規模で忍び寄る、見えない脅威に対して、それと同等の広い視野と来世紀を見据えた計画性を備え、人類の英知を結集して立ち向かわなければならない。

■主 張

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  第849号(2001年12月25日号)

 共同で「開かれたアジア」を
  第842号(2001年10月15日号)

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  第836号(2001年7月15日号)

 新入生へのアドバイス
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  第821号(2001年1月15日号)


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