◆地震研究所◆
菊地 正幸 教授 インタビュー
地震の発生メカニズム解明
| 菊地 正幸 教授 |
地震研究所は地球流動破壊部門、地球ダイナミクス部門など4つの部門と、地震予知情報センター、火山噴火予知研究推進センターなど5つのセンターからなる。菊地教授が所属するのはこのうち地震予知情報センター。地震波を解析することで地震発生のメカニズムを明らかにし、将来起こりうる地震に備える研究を行っている。
過去の地震のデータ解析を行うことで、その地震のメカニズムや震源地、規模などが明らかになる。そしてこれを解析することにより、次に起こりうる地震の発生位置、揺れ方や規模、またその地震に伴う断層の動きなどが予測可能となるのだ。発生時期の特定、いわゆる「予知」までの距離は未だ遠い。しかし「何度か地震を体験し、研究を積み重ねれば可能になるはず」と菊地教授は自信を見せる。
これまで、地震の調査には多くの困難がつきものだった。近代的な地震観測が行われるようになって100年あまりが経過。しかし、70年代以前の記録のほとんどは煤書きのアナログ記録で、今日の高性能デジタル地震記録計に比べれば質は格段に悪かった。つい3、4年前までは利用価値がないとされ、危うく処分されるところだったという。ところが画像処理技術の進歩によってアナログ記録データの復元が可能となり、過去のデータが生かされることになったのである。「地震は同じ場所で何度も起こる。だから昔の地震の記録は研究上も貴重なデータとなる。一度発生したのち次に発生するのは約100年後。そのため、過去の記録を復元できるようになったことの意味は非常に大きい」と菊地教授は研究進展の成果を強調する。
重要なアスペリティの同定
・研究のキーワード「アスペリティ」
地震は地下の岩盤のずれによって生じる。日本にはこのずれの範囲が百qに達するものがあり、それによりマグニチュード8(M8)クラスの地震が発生する。ずれは断層面を毎秒2〜3qの速さで拡大していくが、その動きは決して一様ではなく、大きくずれるところもあれば全くずれないところもある。震源に近いほど大きくずれるというわけでもなく、むしろ震源から離れたところで大きくずれることの方が多いという。断層面上で大きなずれが生じる箇所を「アスペリティ」と呼ぶ。「アスペリティ」は、もともとは‘突起’という意味であるが、この研究では「通常は強く固着していて、あるとき急激にずれて地震波を発生する領域」という意味で用いられている。このアスペリティの分布は、前震・本震・余震といった地震の発生パターン、そして地震発生の際の揺れ分布に大きく影響する。
アスペリティの位置や大きさは、地震波を解析することによって同定することができる。アスペリティの位置が地震のたびに変化するものだとしたら、この同定作業に有益性は認められないだろう。しかし実際には、これは場所に固有のものであり、それゆえアスペリティの分布の解明は地震の予知に欠かせないものとなるのである。
地震研究の難しさと魅力
アスペリティは地表構造にも関係している。同じ位置が何度もずれることから、海底には特徴的な地形が形成されるが、その形状とアスペリティの位置とが非常によく対応していることが、最近の研究で明らかになっている。
地震は、何億年という地学、地質学上の時間単位で捉らえるべき性質があるかと思えば、発生間隔である約100年というスケールの視点も必要であり、また防災という観点では明日・明後日という時間単位でも見なければならない。そのようにさまざまなタイムスパンが絡んでくるのが地震研究の特徴でもあるのだ。物理や化学なら、同じ現象の起こる時間の短さとその再現性から、普遍的な事実を見つけやすい面がある。しかし、地震は次に発生するまでには少なくとも100年の時間があり、また繰り返しの現象ではあっても、室内実験を行える性質のものではない。「昔の記録を丹念に探り、また構造的な特徴から過去の履歴を探るなどして、普遍的で歴史的、かつ地域性ももつという一見あい矛盾する現象を統一的に考える。これも地震研究の特徴でしょう」。菊地教授の語るこの特徴こそが、地震研究の難しさであると同時に、その魅力でもあるのかも知れない。
最近では、アスペリティの周辺に存在する間欠すべりが注目されている。これは地震ほど急ではなく、1年くらいかけてずれが戻るという特徴を有するもので、「サイレント地震」「ゆっくりすべり」などとも呼ばれるものだ。この間欠すべりの同定にはGPSが大きく貢献してきた。GPSを用いた観測は、阪神淡路大震災以降本格的に始まり、現在、その観測地点数は日本全国で約1000にものぼる。
間欠すべりの位置の同定は、アスペリティの範囲を同定する上で役に立つ。GPSを用いたデータと、地震波を解析して得られたデータとを対応させることで、アスペリティの位置をより明確に同定することが可能になったのである。海上にはGPSの設置が困難なこと、日本列島付近から離れた地域に震源をもつアスペリティの観測は難しいことなどいくつかの課題はあるものの、位置同定をより正確に行えるようになったことの意義は大きい。
地域特性とマップ作成
・各地域のアスペリティ分布
アスペリティには地域性があり、その分布の仕方によって地震のパターンが決定する。例えば、三陸沖ではいくつかのアスペリティが相互作用しやすい場所に位置しており、個々が単独で動けばM7クラスの地震が、また複数が連動するとM8クラスの地震が発生するというパターンになる。東南海では熊野灘を中心に長さ百数十qにわたる「べた一面のアスペリティ」が特徴的である。これはM8クラスの地震が発生するか、しないかのどちらかであり、それ以外の規模の地震発生はない。それに対し、日向灘ではアスペリティがいくつか離れて分布するが、ここでは複数のアスペリティが同時に動くことはなく、その規模もM7クラス止まりである。
地震の研究は、主に旧帝大と呼ばれる大学で行われている。北海道大学は北海道、東北大学は東北地方など、その研究対象は分かれているが、一方ではこれらの大学が共同で日本周辺のアスペリティマップを作ろうとする動きがあり、現在進行中である。そしてこの動きは日本に留まらない。日本周辺が終わり次第、全世界のものをつくる計画もあるという。日本周辺のアスペリティは最大で約100qであるが、チリやアラスカには1000qを越えるものが存在し、それらはM9を越えるような地震を引き起こすといわれる。全世界のアスペリティマップの作成は、発展途上国、特に地震の発生しやすい地域にとっては、防災上非常に重要なのである。
ただ、その作成は日本のものを作るほど容易ではない。日本のように過去の記録が残されている所は少なく、現在進められている地震波の測定による同定以外、手立てがないためである。
世界規模で見れば、大規模な地震が一年に一度は発生していると言っていい。そのため、地震の持つ共通点を調べ、それらのデータから普遍的な法則性を明らかにすることはさほど難しいことではない。地震国であり火山国でもある日本は、地震研究に関しても世界をリードする立場にある。「日本での地震の研究内容を全世界に還元していくことが必要」と菊地教授は語る。
必要な「官」との結びつき
・最後に…
地震研究の分野はその性質上、産学のつながりよりも自治体や社会、また官界との連携が強い。地震の観測は、狭い地域に限定すれば個人や研究室、大学レベルで行うことも可能だが、日本列島全体という広い範囲になるとこれは容易ではない。阪神淡路大震災以降、広範囲かつ高性能の観測を長年にわたって行うことが求められるようになったが、その条件に見合うような観測を行うためには国のレベルの協力がどうしても必要になる。そのため、気象庁や地震推進本部との連携は欠かせないのである。
この分野の研究は、ナノテクやバイオなどのように産業を興す分野とはなりにくいが、社会に還元する内容は十分有しているといえる。すなわち、災害等から人命を守り、被害を軽減することで経済的損失を未然に防ぐという、隠れた可能性をもっているのである。
地震を災害化しない知恵
菊地教授は、人間と地震との関わりを次のように語る。「地震は発生してほしくないが、日本に住む以上これは不可避なものと言わざるを得ない。しかし決して『地震=災害』ではない。これを災害にしてしまうかどうかは、むしろ人間の知恵にかかっている。被害を軽減するために必要なのは、相手をよく知ることだ。地震のメカニズム研究は、そのためのものである」。
菊地教授はこれまでの研究を通じて、昔の研究の蓄積が重要であることを痛感してきたという。実際、捨てられかけた過去の記録を生かして、地震研究を大きく進展させた経験をもつ菊地教授だが、捨てられかけていた、先人が苦労して記録したデータを蘇らせたことの喜びもまた大きかったそうだ。菊地教授は、得られたデータを今の研究に生かすのはもちろん、これを100年後、200年後に活用してもらうために残す必要性も感じているという。
日本にとっては避けることのできない「地震」。そしてこれを災害にしないために不可欠な「メカニズム解明」と「予知」。菊地教授は長期的な視点で研究を進める必要性を感じつつ、未来のための研究を今も進めている。
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