21世紀が幕を開けました。東西冷戦時代は終焉し、文明間の対話・調和による新世界秩序の構築が必要となる時代になりました。さらに、インターネットという新たな文明の利器により国境を超えて世界中の様々なネットワークが構築されつつある今、冷戦構造に代わる新しい世界共同体の構築や世界平和実現のための普遍的理念の提示と行動の充実は、人類の急務であるといえます。世界がそのように動いていく中で、新世紀の出発にあたって日本が目指すべき理想、世界に提示できる希望とは何かということをみなさんと共に考えていきたいと思います。
西洋文明を吸収し発展した日本
20世紀は世界の中でも特にアメリカ合衆国が世界のリーダーとしてその力を存分に発揮した世紀だといえます。アメリカの建国理想は、キリスト教理想に基づく自由・民主主義・神の大義による世界平和の実現というものでありました。また経済的には資本主義・自由主義経済であり、それによりアメリカは豊かな物資を享受しました。さらには科学や軍事力に関しても世界を常にリードしました。共産主義思想で対抗していたもうひとつの大国ソ連は1990年代初めに滅びたこともあって、アメリカはまさに20世紀のスーパーパワーとして世界に君臨し続けたのです。
日本は明治時代に西洋文明を貪欲に吸収しました。科学、政治制度などすべてにおいて西洋から学べるだけのことを学んだのです。その結果日本は比較的短い期間で近代化を成し遂げ、世界の強国となったのです。第二次世界大戦では米英両国を敵にした結果、敗戦という大きな痛手を負いましたが、戦後はすぐにアメリカを中心とする西側自由主義諸国の一員として国際社会に復帰し、自由・民主主義・市場経済という価値観を共有して日本は大きな発展を成し遂げました。また日本は、科学やビジネスの分野においても、日本の文化的土壌を損うことなく米国の合理性、実証性といった物事の見つめ方、手法をいかんなく取り入れていきました。それだけではなく、日本は特に戦前までは日本古来の伝統文化、精神文化を守ることにも力を注ぎました。新渡戸稲造が著した『武士道』には日本人が古来から守ってきた倫理観が明確に綴られており、英語で出版されて以来、世界中の人に愛読され、日本の伝統的精神が普遍性を持ちうるものであることを見事に証明したのです。残念ながら戦後から今日においては、日本のよき伝統文化を守ろうとする努力は軽視されてきた感があります。しかしながら明治時代以降今日まで、日本は西洋文明を吸収し、西側自由主義陣営に属し、かつ自国の伝統文化を守ってきた国として、さまざまな問題点はありながらも、近現代においては成功し発展してきた国として肯定的に評価することができると思います。不景気だといわれる現在においても世界第二位の経済大国であるという現実が、そのことを十分実証していると言えるでしょう。日本は今後とも自国の伝統文化を守りながら、自由・議会制民主主義・市場主義経済という基本理念を共有するアメリカをはじめとした欧米諸国と堅固な信頼関係を結ぶ努力をしなければなりません。
アジア共同体実現へ最大限の努力を
しかしこれからの日本は、欧米諸国だけを見ていればいいというわけではありません。自らの属する東アジアにおいても活発に交流し、東アジアの平和と安定を実現するための共同体設立に向かって役割を果たすことが求められてくると思います。
昨年11月にシンガポールで開かれた東南アジア諸国連合(ASEAN)の非公式首脳会議と、日本、韓国、中国を加えた「ASEAN+3」首脳会議では、日本・中国・韓国3カ国とASEAN10カ国による「東アジア自由貿易圏」の創設に向けた作業部会の設置と「東アジアサミット」の開催を検討することで合意しました。シンガポールのゴー・チョクトン首相は、東アジア共同体への短期的構想として、東京や上海、クアラルンプールなど主要都市が連携して情報技術(IT)革命を進める「ITベルト構想」に着手することを提案しました。この提案はASEAN会議で認められ、今後具体的に着手していくことで合意に達しました。
このようにアジアにおいては、日本・韓国・中国に東南アジアを含めたアジアの共同体を築く動きが着実に進んでいるのが現状です。今世紀はまさしくこのアジアに真の平和と友好、安定をもたらすために最大限の努力がなされなければなりません。
昨年の6月13日には朝鮮半島において歴史的な南北首脳会談が開かれました。韓国の金大中大統領、北朝鮮の金正日総書記が笑顔で握手し合った場面は感動的でありました。今後はこの北朝鮮、そして中国との間で様々な対立がある台湾も含めてのアジア共同体の構築に向かって進まなければなりません。しかしこれは簡単なことではありません。まず第一には政治制度の違いがあります。そして経済の著しい格差があります。なによりも民族や文化の違いとその衝突により、歴史的にたどってきた民族感情の問題も大きいのです。こういったさまざまな格差・違い・歴史的変遷からくる問題を一つ一つ解決していかなければなりませんが、なによりも最初に着手すべき問題はアジアに通用する普遍的な価値観・理念・思想の構築でありましょう。幸い、アジアには仏教・儒教・神仙思想といった比較的共通性を持ちうるものが歴史の根底に流れています。アジアに属する各国の政治家・官僚・学者・文化人・メディアはそれぞれの叡智をふり絞り、まずこの問題から着手していく必要があるでしょう。その後具体的に経済の格差を縮め、安全保障制度を築き、ITで通信ネットワークを築き、経済・文化交流を活性化させるためにアジアにまたがる高速道路や海中トンネル・新幹線などを張り巡らせ、交通の利便性を向上させるといった政策にも着手できるようになるのではないでしょうか。
東西文明の融合が日本の使命
歴史的に日本は、中国や韓国から多くの文化的恩恵を受けてきました。また、貿易による経済交流も活発でありました。それは平安時代までにおいて、また室町・江戸時代を含めた古代・中世の時代をひもといてみれば明らかに実証され得ることであります。
新世紀の日本は、古来より独自の文化をもちながらも東西両文明の恩恵を受けてきた国としてその恩恵を還元し、さらに高い次元にまで昇華させていくという使命を担っているのではないでしょうか。日本がこれまで歴史をかけて築いた財産・文化的蓄積を日本のみならず東西両文明の国々に与えていく、すなわち世界のために歩む日本になっていかなければなりません。明治時代以降、日本は「脱亜入欧」を掲げて歩んでまいりましたが、21世紀には「親欧親亜」の立場で東西両文明の橋渡しをすべき役割が日本にはあると本紙は考えます。そのために今世紀の日本は、国連での活躍というものがますます重要になってくるでしょう。東大は、世界平和の具体的な実現のために国際連合のあり方そのものを見つめなおし、また日本が国連でどのように活躍して世界平和のために貢献していくべきかについて、先頭を切って考え、模索していかなければなりません。
また、今後は国家間だけでなく、民間の非政府組織であるNGOやNPOの活躍が大きくクローズアップされるでしょう。国家間同士では主権や政治制度の問題で身動きが取れない場合、国家に制約されないNGOやNPOの役割が大きく期待されます。また、民族や文化、文明の違いから来る衝突を回避するためにも、特に国境間における紛争や歴史的に根の深い宗教対立の停戦や防止については、国連やNGOの役割はますます大きくなると見て間違いないでしょう。
国家・民族・文明を超えた普遍的価値観を提示しうる機関は、国連やNGOに特定することはできませんが、21世紀は、国家の枠組みを超えた普遍的価値観を提示しうる可能性を内包した国連やNGOの存在が、大きく注目されてくるでしょう。
高い次元での愛の理念が必要
西洋文明に大きな影響を与え、今なおその根底に流れるものは間違いなくキリスト教でありますが、イエス・キリストは「汝の主なる神を愛し、隣人を愛せよ」と説き、十字架上において怨讐をも愛する愛を実践し、人類に愛の理念とそのレベルを提示しました。また東洋文明に大きく影響を与え、今なおその根底に流れるものの代表として仏教が挙げられますが、釈迦は人間の心の根底に巣食うエゴイズムとの訣別、解放を唱え、人類が自己中心的愛の奴隷に陥ることのなきよう仏法を説いたのであります。この歴史的事実から、東西文明を融合・調和していくという理想を果たすためには、キリスト教が説いた愛の世界と仏教の説いたエゴイズムからの脱却の両方を内包し、それを高い次元に昇華させた新しい愛の理念が出現しなければならないでしょう。それによってのみ、人類はかかる理想を成し遂げられるのであります。その理念は人間一個人が果たすべき人格の基準を提示するのみならず、その基準に到達した男女が築く家庭のあり方においても、人類が目指すべき理想を提示してくれるものでなくてはなりません。またそのような崇高な愛の理念こそが、人類が世界平和実現のために共有しうるものとして認知され、未来永劫の人類に残る普遍的理念となり得るのです。
新世紀を迎えて人類は、民族・国家・文明の衝突を超えて、東西両文明の融合・調和による世界共同体理想の実現に向かって進んでおります。かかる理想を実現しうる理念を提示するために、日本が、そして日本の象徴的存在である東大が果たすべき使命と役割は極めて大きいのであります。21世紀を希望の世紀にしていくために、日本、そして東大は「東西両文明の調和・融合による世界平和の実現」という大きな理想を掲げて今世紀を出発していきたいものです。
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