836号(2001年7月15日号)

主張

大学改革に活発な議論を


 国立大学の独立行政法人化をめぐり、議論が活発に交わされている。本学においても、総長を座長とする東京大学21世紀学術経営戦略会議(UT21会議)が設けられ、東大の長期的目標を明文化する「東京大学憲章」に論点整理(案)を作成する動きが出ている。そこで本紙としても、大学の理念的立場から、東大のあるべき姿について思うところを述べ、本学出身の先輩方、在学生ならびに教官等の方々より、広く意見を乞いたいと願う次第である。

 運営の機能化に留まらない独法化

 この独法化の動きを、国鉄、NTTなどに見られる90年代からの民営化の大波の一部だと捉らえると、大学の独立行政法人化はその波がより終末的な意味を持って現れたものだと見ることができる。80年代のサッチャーリズムからソ連の崩壊、中国の市場経済導入など、この波が世界中のあらゆるところに到来し、そしてその影響がさまざまな形で社会に現れてきている。ここでその波を起こさしめている根源をたどってみると、結局、人間の理性に対する疑念に行き着くのではないだろうか。すなわち、理性に基づく計画経済に対する疑念、国の代表者が理性に基づいて奉仕的政治を行うことへの疑念、地球的規模で破綻を見せている理性文明への疑念などである。
 しかし、人間の理性にその基礎をおくところのものがまさに大学である。世界平和や文化水準の向上、真理の探求という高い理想を掲げ、その理想に対して理性に基づいた理論的接近を試みる機関が大学なのだ。ということは、大学を法人化、民営化することは、単に組織運営を効率化するという機能的意味における変化に留まらない。これはむしろ、崇高な理想と厳密な理論をもとに、これまであらゆる権力や利害、政治的立場や大衆主義から独立を保ち、社会の中で神聖なるものとしての役割を担っていたその聖域が相対化されるということにつながるといっていいだろう(これまで、企業の社長からも政治家からも「先生」と呼ばれていた大学教授が、「〜さん」と呼ばれる日が遠からず訪れるかも知れない。終いには学生にまで!)。
 明治以来、真理探求の府として聖域的立場を保ち続けてきた大学が相対化されることは、一般社会の利害や評価基準とは相容れない性質を持つはずの真理探求の価値を落とさしめ、ひいては真理の探求、理想の追求ということさえも一般社会の利害や評価基準に沿った形で進めざるを得ない状況が訪れることを意味するのではないだろうか。ここに、国立大学独立行政法人化の危うさが見え隠れするのだ。

 変わらない大学の使命と価値

 しかし、この危険性ばかりを見つめ、現状維持に固執し、より良き姿を指向することを怠る傾向があるとすれば、それもまた大学の理念に反する姿勢であると言わざるを得ない。改革案が出されるのは、あくまでも現状に問題があるとされているからに他ならない。現に、学生の学力低下、教授の研究・教育へのインセンティブの低下、事務手続きの繁雑さとそれによる非効率性、実社会との連携不足、新しい学問的フロンティアの開拓精神喪失等々は、大学やそれを取り巻く社会が内包する問題として、あるいは大学の従来の構造が長年続く中で顕在化してきた事象として、これまで繰り返し指摘されてきたものである。これらの問題を解決していくには、確かに、何らかの措置を講じる必要があるだろう。
 大学が聖域とされていることで真理探求の価値が保たれているのは事実だが、しかし、聖域とされるがゆえのデメリットがあるのは否定できない。また、大学に法人格が与えられることで一部の研究分野は活性化され、大学内のある部局では効率化が図られるであろうが、逆に法人化がもたらすデメリットがあるのも見逃せない。重要なのは、まずこれらを明確に区分することであり、そして、それぞれの問題に対して講ずべき措置が異なることを認識することであろう。
 時代の流れとともに社会のあり方が変わるにつれ、大学に求められる姿も次第に変化しているのは事実だ。しかし、利害にとらわれない研究を通して国や世界を正しく導き得る価値観を提示し、それをもって学生をはじめとする社会に教育を施すという大学の使命や価値自体は、何ら時代とともに変わるものではないだろう。このことを踏まえた上で活発な議論が行われ、適切な改革が行われていくことを期待したい。
          (K・M)


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