流されず開拓する者現れよ
GDPの成長が過去15年間ストップしている日本。今の二十代の若者は経済成長している日本を知らない。その事実は、現在の大学生世代の価値観にも自ずと影響を与えている。少なくとも10年以上前であれば、ソニー、東芝、日立といえば、誰もが認める世界のトップ電機メーカーであったが、2000年代に入り、市場シェアは急降下、日本の主要電機メーカーを全部合わせても韓国のサムスン一社の売り上げに及ばない。
一般に優秀と言われる大学の卒業生は、将来にわたって給料が安定で潤沢な就職口を狙っていくが、最近はそれも簡単ではない。日本の製造業は大手だと1社で20万人とか30万人の職員を抱えているが、世界の最先端ITメーカーであるアメリカのIBMや検索大手のグーグルには1万人前後しかいない。一万人前後の頭脳が集まれば世界を動かせる世の中になったということもできる。韓国の三星も職員は一万人前後と、そうした世界のトップの事情と一致している。理工系の学生は一流電機メーカーへの就職も選択肢の一つであろうが、世界的に名だたる一流企業は実はそれほど雇用を増やす計画でないのも事実。学生が就職に苦労するのも必然的な流れとなってきた。うまくいって就職できたとしても、いつまで同じところで仕事ができるかというとその保障もない。
それでも他の企業よりはまし、腐っても鯛で、未だに日本の古い体制の大所帯企業に就職しようとする人もいるだろう。 しかし今の日本の経済状態では、いつどのような会社が潰れるか大幅なリストラが起こるかもわからないのだ。
こういう不景気の時に人気が出るのが安定型の公務員。本学は歴史的に公務員輩出を目的につくられた大学であり、在学生の中でも将来に対する安全パイとして公務員を狙っている人も多い。そもそも、本学は公務員を出してきた大学だし、東大生の体質そのものが公務員体質なのかもしれない。公務員体質と言われて気分の良い人はいないだろうが、特に日本では公務員、官僚、政治家といえば、権威≠フ代名詞となっている。世の中に権威≠ヘ必要だが権威主義≠ヘ社会の発展に害悪である。本学の枠組みが権威主義を生み出さないように注意しなければならない。
東大生や同OBの中で、東大≠ニいう名前のゆえに周りの人の反応が良くも悪くも変わるのを体験した人は多いだろう。お隣の韓国に目を向けると、日本以上の学歴社会であり、学閥は地縁の次に強力なつながりとなっているそうである。韓国では学閥はどんな組織にも根付いていて、学界、経済界、政界は言うに及ばず、宗教界にまでも学閥があるそうだから驚きだ。だが、そういう韓国にあって世界のサムスンは、入社願書に大学名を書く欄がないと聞く。大学の名前では学生を採らないルールになっているからだそうだ。同社の局長クラスの出身大学を調査したところ、地方の無名大学が非常に多かったという。社内では実力だけが問われ、大学ごとに集まりやすいという文化を、むしろこの企業では排除する政策に立っていたと言えるだろう。こういう社会で私たちが生き残っていく自信はあるだろうか?是非、自問自答してみたい。
国家上級公務員にとっては、様々な意味を包摂して「人脈」が要であり、そのせいもあって、精神的な純粋性が失われやすい環境に巻き込まれやすいと聞く。特に出世したいと考えている人には、誠実な心を犠牲に人脈を立てて生きていかねばならない、と言っても過言ではないようだ。そういうのが嫌い、あるいは耐えられないという人は、そういう公務員には向かないであろう。敢えて飛び込んだ結果、経済的な安定性と豊かさが得られたとしても、精神的束縛や政治的人間関係の苦痛には途上耐えられないかも知れない。勿論、中には腐敗した組織を改革したいという夢を持って公務員になる人もいるかも知れないが、多くの場合、自分も知らぬ間に、時の流れとともに精神が汚染され、結果としてしたいことは何もできないで終わっていくことになりかねないと聞く。苦労した割に、幸福感を得られるかどうかは実際大いに疑わしいということである。
そもそも我々は東大に何故来たのか。現実的な考え方をする人は、就職に有利という理由で目指して来た人も多いだろう。ところが、一見人気がある就職口のように見えても、実際に満足感を積み重ねて幸福感を獲得できるという職場は非常に少ないようだ。就職を目的にすることはお勧めしたくない。しかし残念ながら、先進国になった後に経済成長がストップして久しい日本において、学生も自ずと成熟した$謳i国型人間が目立つようになってしまった。歴史の流れの中でそれは仕方のないことかもしれない。アメリカも先進国だが、日本の場合はアメリカ型ではなくヨーロッパ型先進国に似ている。アメリカは今でも経済成長し続けているが、ヨーロッパは成長がストップしている点で日本に似ているといえる。実際、日本はヨーロッパ型先進国を目指すべきだと言っている人も多い。
歴史は流転する。スペイン、ポルトガル、英国のように過去、世界を席巻した大国が、今はOECDに加盟し先進国のグループに入ってはいるものの、生き生きとした世界のモデルになるような先進国だとはいえない。日本も80年代までは世界を圧倒し引っ張ってきたが、90年代以降、驚くべき勢いで、その威勢を失いつつある。年間GDPも今年中国に追い抜かれる。
国家の発展が永続しないのは過去の歴史の常ではあるが、それは日本にも当てはまるのだろうか。NHKの大河ドラマは坂本龍馬を扱っているが、今の時代、坂本龍馬のような人物が現れて、日本の歴史を蘇らせ、日本にビジョンと方向性を与え引っ張っていくリーダーが出てこないといけない。東大がそのようなリーダーを生み出す使命を担い期待されているのだ。そのことを再度自覚し、まず自分がリーダーになり日本を変えるのだという気概を持った学生が一人でも多く誕生することを、改めて切望するものである。
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