1089号(2010年5月25日号)

主張

決まり事の実行で生活リズムを


 新年度が始まって2カ月近くが過ぎた。新入生も大学での生活環境に慣れるにつれて、入学前に抱いていた期待や不安が、現実の経験の中で消化されてきた頃ではないだろうか。すなわち、同級生や先輩、そして教職員などと直に接する中で、『東京大学』と自分との関係がより明確になると共に、その周囲との相対的な関係を通して、自分自身という存在についても改めて客観的に認識し始めたという学生が多いのではないかと思われる。

 そのような時節に、五月病という言葉で表現されるような、精神的な無気力感に陥るという状況を感じる人も少なくないだろう。その原因として最も多く見られるのは、新しい目標がまだ明確に持てず、生活の方向性が定まらないということだ。東大合格という大きな目標を達成した後、過去の成功体験の世界から抜けきれない、もしくは入学までの猛勉強からの解放感に浸ったまま、そこから進むべき明確な指針を見出せないという状況もあるだろう。また、入学前に想像していた大学生や大学教授の姿と現実とのギャップに戸惑っているという場合もあるだろう。さらに勉学面では、高校までの勉強と違い明快な解答がない問題が多い、自分自身の能力の限界に初めて直面し自信を失う、などという場合もあるだろう。そのような様々な要因が重なった結果、無気力感に襲われつつ、気がついたら時間だけが流れていると感じることもあるだろう。そのような無気力に陥っている状態で、無理矢理に目標を持とうと思ってみても、かえって絶望的な気分を味わうことになるかもしれない。また、他人から目標を持とうなどと言われれば、「わかっているよ!」と突き返したくなったりする。

 そのようなときには、高尚な目標を考える前に、まず「形」から入ってみることをお勧めしたい。すなわち、日常生活の中に決まり事を作り、生活にリズムとメリハリをつけるということを実践するのである。具体的には、寝る時間や起きる時間を決めて実行したり、「おはよう」などの簡単な挨拶を交わしたり、勉強に関しては毎日数ページずつの読書や英字新聞の購読などを実行すると決め、それを毎日実践するのである。

 最初は、気持ちが伴わず、表面的な行動だけのように感じ、毎日実践したとしても充足感の得られない状態が続くかもしれない。だが、徐々にそれらの行動に相応しい気構えが形成されてくるようになり、いつしか自然に振る舞えるようになってくるものである。それはあたかも、礼儀作法や社会人マナーを、最初は単に教えられた通りに実行してみる内に、次第にその作法やマナーの根底に流れる、相手を思いやる気持ちが感じられるようになり、徐々にその気持ちが伴った状態で体得し、自然にできるようになるのと同じである。

 そのような毎日を実践した後で、改めて目標について考えてみてはどうだろうか。目標を考える上で助けになるような機会も、探せば周囲に見出せるものだ。例えば、本学の講義の中には、各専門分野を学ぶ上での動機付けを与えることを狙ったような講義も開設されている。特に、5年前から始まった「学術俯瞰講義」は、インターネットを通して一部公開されているが、専門分野を深める前にその分野の全体像を確認するという意味で有意義である。また、友人とのコミュニケーションも有用である。友人と共に、勉強する対象や勉強する理由、はたまた生きることの意味についても深く思索したり、社会問題について議論したりする中で、大学生活での目標、大学卒業後の目標などについての考えが洗練されることもあるかも知れない。

 そして、目標を見出すことができたら、これを達成するための計画を立て、毎日毎時間の実践あるのみということになる。もしかしたら、その実践が、先述したような形式的に設定した生活習慣や読書などと表面上変わらない場合もあるかもしれない。しかし、明確な目標を持って実践する内容は、形式的に行っていたときと比べて、取り組む姿勢が異なっているため、目指す目標のための布石として位置づけられ、同じ行動から得られる成果が質的に異なってくるはずだ。

 さて、そうした実践の結果として、一定期間の時間経過とともに目標を達成できればよいが、立てた目標を達成することができないこともあるだろう。そんなときは、「人間(じんかん)至る処に青山有り(釋月性の將東遊題壁より)」という、古くから語られてきた言葉を思い出して頂きたい。これは、世の中どこでも活躍の場はあるし、どこにでも骨を埋める場所はあるものだという意味である。そこで気を取り直し、また新しい目標を立てて大らかに出直す度量を発揮したい。常に後ろ向きになることなく、今を起点として前を向くことから始めていけば、人生に与えられた貴重な時間を必ず悔いなく過ごすことができるのだ。


■主 張

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