847号(2001年12月5日号)

知の肖像

◆農学部森林利用学研究室◆
 小林 洋司 教授 インタビュー

森林利用学とは

小林 洋司 教授
 「恵みある森林・林業を育む技術研究」。小林教授は森林利用学をこのように捉えている。小林教授の研究室は森林を研究対象としており、林業とは深い関わりを有している。
 現在、森林はさまざまな観点から注目されている。地球温暖化を防ぐといわれる二酸化炭素固定作用もその一つである。先日、米国抜きで批准された京都議定書でも、森林の二酸化炭素吸収量を、各国の二酸化炭素排出削減量に加えると定められている。このほか水源涵養機能などの環境保全機能、レクリエーションなどの公益的機能なども、森林が持つ重要な機能である。
 しかし「その重要性に反し、日本では林業が確実に衰退している」と小林教授は危惧する。二、三十年前より、貿易の自由化に伴って外国から安い木材が日本に入るようになったため、国産材の割合は急激に減少。その影響で国産の木材価格は下落し、林業従事者の収入も減少した。森林作業の「きつい」「汚い」「危険」といういわゆる3Kが、林業従事者の減少に拍車をかけたことも否定できない。地形的な理由から、日本の林業はその多くが急傾斜地での作業とならざるを得ないのである。かつて国内で40万人ほどいた林業従事者は、今では10万人を切っているという。

林業を機械化する

 小林教授の研究室では、衰退傾向にある日本の林業を技術的に支えていくことに研究の主眼をおいている。このためには国産材のコストダウン、作業における3Kの軽減などが必要であり、具体的には傾斜地における作業の機械化、林道網の整備、労働軽減化の手法の確立などに取り組んでいる。
 木材生産の経済性を重視した林道網配置の計画は以前よりなされてきたが、環境保護に対する関心の高まりから、近年、より環境に配慮した林道網の計画が求められるようになった。最近は地理情報システム(GIS)を用いることにより、林道網の計画もより正確、かつ効率的に行うことができるようになったという。
 機械化は、林業における作業効率を飛躍的に高めた。斧からのこぎり、そしてのこぎりからチェーンソーへと技術が進むにつれ、3Kと言われる困難な作業の多くが機械化されていったのである。しかし、機械化が進展した背景には木材需給バランスの変化があった。貿易の自由化に伴い、外国から安い木材が輸入されるようになったのである。
 貿易の自由化によって外国からの安い木材の輸入量が増加すると、日本では林業自体を高性能・高能率で行う必要に迫られた。それまでは、外国の安価な木材が日本国内に入ることはなく、閉鎖的な環境の中で日本の木材価格は上昇していったのだが、自由化によって流入し始めた海外の安い木材に、国産材はそのシェアを徐々に奪われていったのである。
 国際競争力を高めるために日本で林業の高性能林業機械化が進められたのは、今から約十年前のことだという。しかし、機械導入の段階で一つの問題が生じた。アメリカ・カナダなどにある比較的平坦な林地は、高性能林業機械を導入するのに適していたが、日本のように急峻な山岳地でもこれらをそのまま導入するという訳にはいかなかったのである。
 そこで、高性能林業機械が急傾斜地や不整地でも自由に移動し、しかも安全に作業することができるよう、ベースマシンの開発が進められた。それは傾斜地対応の土木用としてヨーロッパで開発された、安定用脚二本、車輪二輪と作業ブーム一本を持つ半脚式機械に、機動性を向上させるための改良を加えたものだった。このような機械の開発を行っているのが、小林教授の研究室である。この機械の歩行方法、脚の制御方法なども取り扱うこの研究室は、農学部の中でもかなり工学的な要素を含む研究室だといえる。

安全で快適な森林作業

 作業の効率化を図る上では、労働環境の改善ということも考慮する必要がある。
 例えば、苗木を植えた後には「下刈り」という作業が必要になる。植林後、周辺の雑草等を放置しておくと、苗木がそれらとの競争に負け、その生長が阻害されてしまうのだ。だが、この作業は性質上、炎天下での作業となる場合が多い。そこで、これを機械に行わせることにより、労働環境の改善が図られる。この研究室では、この機械をリモコンで簡単に操作できるよう、さまざまな工夫を凝らしてきた。
 もう一つ、林業で欠かせない作業に「間伐」がある。間伐を行うことにより日光が林床まで到達するようになるが、この日光照射によって下層植生は繁茂し、ひいてはこれが地表面の保護、森林の水土保全機能の向上、生物相の多様化などにつながる。間伐により材積の増加した森林では立木価値が高まり、また風倒など天災への耐性が強くなるという利点もある。間伐は、森林の公益的機能の向上に大きく寄与する作業であるが、この研究室では、土壌調査などを通して間伐の効果の分析を行っている。
 ここでは大型林業機械が森林に与える影響の調査も行われている。林業への大型機械の導入によって労働生産性が向上し、労働災害は減少したが、一方では大型機械による土壌撹乱、残存木の損傷など、それが森林環境に与える悪影響があることも無視することはできない。この他、大型林業機械の使用に伴う根の損傷、土壌締め固めに起因する根の伸長阻害といった問題もある。当研究室ではこれらの問題に対し、生長可能な土壌密度を調査するなどしている。

森林資源のバイオマス利用

 最近、森林のバイオマスのエネルギー利用や林業における未利用資源の循環利用が注目されている。森林は、放置しておけば荒れてしまうため、間伐などを行って森林を整えることになる。間伐により生じた木材は、昔は売られていたが、最近はコスト的に採算が取れないため、切り捨てられるままになっているのが現状だという。そこで、これらを資源として活用していこうというのがバイオマスのエネルギー利用で、現在北欧では、発電のための燃料の20%程度をこれら木材が占めているという。国策で原子力発電を行わないとしているスウェーデンなどは、これらの資源を積極的に活用しているが、これはまた非常にクリーンなエネルギーでもある。
 これら資源に対する関心の高さとは裏腹に、実際にはさほど普及が進まない背景には、収穫コストを低く抑えることができないという実情がある。小林教授の研究室では、木材の生産性を損なうことのないバイオマス収穫システムを構築し、これをフィールドで検証することを試みている。また化石燃料に比べて、バイオマスが環境への負荷の少ない資源であることを理論的に裏付るため、収穫からエネルギー利用までの二酸化炭素等環境負荷物質排出量を算出するなどの研究も行っている。

産学連携

 高性能大型林業機械に関する研究が中心となることから、産業界との関わりは従来から強かった。いわゆる産学連携もかなり以前から行われており、機械の開発も大型機械メーカーとの共同開発であったという。また、高価な大型機械の普及には、林野庁などの行政や森林組合との連携も不可欠であった。林業者は森林組合により、行政からの援助を受けながら組合として機械を購入する。そのような形態で大型林業機械の普及率は伸びてきたという。
 小林教授は「森林には木材利用、公益的機能、環境保全機能という三つの機能があるが、この観点から森林を見たとき、それらを常に健全に保っていく必要がある。そのためには日本の林業を保護していくことが必要であり、私たちはそれらを技術的にサポートしていきたい」と抱負を語る。

東大生に

 これから専門を決めようとする1、2年生に向けて、小林教授は次のようなメッセージを送ってくれた。
 「東大生は優秀な成績で入学するが、途中で勉学、精神面で挫折する学生を多く見る。これを防ぐために、特に1、2年生は、自分が興味をもつ分野、専門としていきたい方向を、真剣に見出してほしい。たとえば進振りでは、平均点が高いとか、人気があるからといった理由で、明確な動機なく周りに流されて進学先を選択することはしないでほしい。最近、成績の優@~しさに、良い成績をとりやすい講義を選択する傾向があると聞いたが、実に残念な話である。自分の将来をみつめ、真に興味のもてる分野をじっくりと探していってほしい。そして学生生活の中で目先にことだけに左右されず、自分の信念を持って、優しさと思いやりのある豊かな人間性を育ててほしい」。

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 終始、優しい笑顔でインタビューに答えてくださった小林教授。その姿に、東大生へのメッセージで語られた「優しさと思いやりのある豊かな人間性」を見る思いがした。またその人間性が、林業者の重労働に対して、機械化を通して技術的にサポートするという小林教授の研究内容に反映していると感じた。



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