840号(2001年9月15日号)

研究所紹介

◆東洋文化研究所◆
原 洋之介 教授 インタビュー

 本学は多くの附置研究所を有するが、大学院重点化政策の下、その役割はますます重要なものとなっている。しかしこれらの研究所でどのような研究を行われているかについては、意外と知られていない場合が少なくない。そこで今回から、これらの研究所の活動内容や特徴などについて紹介していきたい。第1回目となる今回は、今後日本にとって重要な地域となるアジアを研究する東大唯一の研究所、東洋文化研究所の原洋之介研究所長に、その活動内容などについて聞いた。

――この研究所の歴史、活動内容、また特徴などを教えてください。

原 洋之介 教授
 ここは東京大学の中にある、アジアの歴史、文化、社会を専門的に研究する唯一の研究所です。
 昭和16年の11月26日に設置されて、今年で満60年を迎えます。それを記念して、11月に還暦記念パーティーを行い、また、当研究所の研究内容を紹介する本も出版しようと考えています。現在、教官は助手を含め、30名強です。全員、韓国語や北京語、広東語、タイ語、ビルマ語など東アジアの国の言語からペルシャ語、アラビア語、トルコ語など西アジアの国の言語まで、アジアのいずれかの国の言葉が話せます。また専門領域はバラバラで、経済・政治・国際関係論、地理学、人類学というような社会科学から、思想・歴史・宗教、美術、考古学という人文社会まで多岐にわたっています。扱う地域、そして専門分野も多様である人材を集めて、アジア文化の総合的研究を行うというミッションを持つ研究所といえます。純粋な自然科学を専門としている先生はいませんが、広い意味で人文科学と社会科学の角度から、アジアの研究を行っているというのが特徴です。
 それからもう一つの特徴は、歴史研究と現代研究をなるべく組み合わせて研究を行おうとしていることです。そのためには、それぞれの先生がバラバラに研究していては限界がありますので、多様な専門分野をもつ先生方が共同で研究を進めていく必要があります。これを私たちはプロジェクト研究と呼んでいます。今までは、そういった動きはあまり活発ではなく、個人で行う個別研究のほうが主でありましたが、満60周年を迎えるのを期に、共同研究の方に重点を移していこうと考えています。
 この研究所のもう一つの特徴は、小さな研究所であるにも関わらず、これまで多くの教官が文化勲章・文化功労賞・学士院賞を受賞してきたということでしょう。また、歴史的に忘れてはならないのが、この研究所が東大で一番初めに女性教授を生み出したということです。中根千枝さんという、今は名誉教授となっている方です。今では他の学部でも女性教授は増えていると思いますが、その出発はこの研究所からだったのです。

――先ほど触れられた共同研究についてもう少し詳しく説明してください。

 取り上げる内容は、例えば中国のように歴史を文書化して残す地域とインドのようにそうでない地域があるのですが、その違いが生じた原因を調べるなどすることがその一つです。
 アジアの諸地域は個々バラバラにあるのではなく、歴史的にもさまざまなネットワークによってつながっています。例えば、中国の文明、思想などは、朝鮮半島やベトナムに伝播される時、土着化し、変形します。それが日本へ入ってくるとまたかたちが変わってしまいます。交流する中で、相互のものが融合し、元々のものとは違った形になるケースが多くあります。そういった研究は個人の力で行うには限界があり、諸先生方の積み重ねた研究を活かし、共同で行う必要が出てくるのです。ユーラシア大陸における文化交流のかたちを、さまざまな地域と領域を専門にもつ先生方がひとつとなって解明するという訳です。それゆえ、少し大きなテーマを掲げることが多いのです。
 今まではどちらかというと、それぞれの先生方が自分の領域の研究を行うというのが原則でした。もちろんこれまでも、一人一人の先生方が研究所内だけではなく、東大内の他の研究所の先生方と、また東大の外の方と協力して研究を行うことはありました。しかし、共同研究を強く意識しはじめたのはごく最近のことです。

――個別研究としては具体的にどういったものがありますか?

 各先生方の専門地域・領域がさまざまですので、個別研究のテーマもかなり多様です。端的に言えば、現代の日中外交関係の研究や、漢字が生まれる古代中国時代の研究、また、マホメットの研究をしている人もいます。
 ちなみに私の専門は、東南アジアであるタイ・ラオス・ベトナムの経済研究がメインです。例えば、タイを中心にした東アジアの経済発展が具体的にどのように起こったのか、これを経済統計をもとにしつつ、日本やヨーロッパにおける経済発展と比較する形で研究しています。ただ、所長になってからは、現地に出て行くことも簡単ではなくなりました。

――多様な領域、地域を専門にもつ教官が集まって行う共同研究の利点はなんですか?

 いろいろな先生方が、同じ研究所の中で共同研究を行うことによって、学部とは違った研究ができるということです。これまでにも学際的な研究所であることを活かし、この研究所でなければ生み出すことのできないような研究が、いくつか生み出されてきました。
 また一方で、このような利点が逆にやりにくさとなって現れる場合があります。それは皆、学問の方向が異なる中で研究をともに進めていくことによるもので、学際的研究といっても、「言うは易し、行うは難し」といった面があることは否定できません。 

――東大では今、産学連携が重視されたり、独立行政法人化による動きがありますが、東洋文化研究所として取り組んでいることや意識していることはありますか?

東洋文化研究所の玄関口

 産学連携というと理系としてはやりやすいところがありますが、歴史・思想の研究を中心としたこの研究所では、直接的にはつながりにくい面があります。アカデミズムという枠をどのように超え、産業界などとの社会的連携をいかに探っていくかというのは非常に難しい問題です。
 その一つの案として考えているのが、私たちのホームページを用いて、小中学生でも分かるように研究内容をやさしく紹介するというものです。義務教育を受けている子供たちが興味を抱くような情報を提供することも、当研究所の役割の一つと考えているのです。
 また、海外進出する日系企業との連携もないわけではありません。どうやって現地の社会と共存していくかという問題については、私たちの研究はその国の基礎知識を伝えるという面でかなり役に立ちます。私たちの研究をオープンにしていきたいのですが、なかなか簡単ではないのが現状です。
 独法化については、研究所と関連ある研究科と、どう役割分担をしていくかを現在検討しています。またもっと積極的に学部教育に参加する方法を模索していこうともしています。

――研究所として現在直面している課題はありますか?

 ここの図書館は中国関係の古い写本をはじめ、アラビア語、ペルシャ語の写本、タイ語の資料など、アジアの資料がかなりあります。重要なアジアの資料が東大の中では一番あるのですが、アジアの全領域をカバーするには決して十分とはいえません。あまり予算がないということと、施設そのものが小さいということもあり、なかなかフルセットをカバーすることができません。そういったところが大きな悩みの種となっています。研究対象となる領域を十分に満たすような資料がまだないというのが一番の悩みです。やはり、資料がなければ研究を十分に行うことはできません。勿論研究には二つのタイプがあります。文献資料を中心とした研究と、現地の人と実際に触れ合うことに主眼を置いた、フィールドワークを中心とした研究です。特に前者のタイプの研究には、資料というのは本当に欠かせないものです。

――日本にとって、アジア地域は今後非常に重要となってくると思いますが、その中でこの研究所が目指すところはどういったものでしょうか?

 日本とアジアの関係は、経済的に相互依存関係として深まってきました。今は、日本が東アジアといかにつき合っていくかが問われている時です。日本におけるアジア学をどのように作るかが重要な問題だといえるでしょう。
 社会科学、政治学、経済学などは、極論を言えば、ヨーロッパででき上がった学問です。ですから、その背景にはヨーロッパの歴史や文化があるのです。しかしそれは必ずしもアジアにおいて当てはまるわけではありません。アジア側からの視点を中心とした文化の研究を通じて、既存の専門分野が抱えている問題の解決や、先ほど触れた、学問の再構築に対して発言することのできる研究所にしたいとも考えています。現在を含めた世界に対する歴史の見方を、ヨーロッパ中心の視点から転換するためのものが社会に提供できればと思っているのです。
 アジアは、日本にとって既に非常に重要な相手国であり、近い世界になっています。当研究所はアジアの研究所としては東大で唯一ですが、勿論このアジアに関する研究を行っている人は、さまざまな学部や領域にいる訳です。そういう人といかに共同していくかということもこれからの重要な課題です。この研究所内だけでは、絶対に人は少ないわけですから、私たちがイニシアティブを取りながら、東大内のアジア研究と教育を結ぶ事務局的役割を果たしたいと思っているのです。

――今の学生に求めることは何ですか?

 やはり、アジアに興味を持つ人が増えてほしいと思います。いまのところ、研究所としては学生を抱えてはいません。研究所は7つの大学院とつながっているのですが、現時点ではその協力講座としての役割しかなく、学生との接触のチャンスが限られているという問題があります。そういった意味では、研究所として学生とどのように接し、アジアについて学際的興味を持つ学生をいかに育てていくかが、またひとつの課題とも言えます。今後の日本にとって、政治的・経済的にはもちろん、文化面での交流ももっと盛んになると思われるアジアという地域に、いっそう関心を抱いていただければと思っています。


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