844号(2001年11月5日号)

研究所紹介

◆生産技術研究所◆
坂内 正夫 教授 インタビュー

 生産技術研究所は、昭和24年に「生産に関する技術的問題の科学的総合研究ならびに研究成果の実用化試験」を目的として、東京大学の附置研究所として発足した。英語名Institute of Industrial Scienceにも表れているように、単に技術の研究ではなく、科学的総合研究をその目的としているところに特徴がある。大学の附置研究所としては我が国最大規模であるばかりでなく、工学における総合研究所としては世界的にも有数の研究所である。今回は生産技術研究所所長の坂内正夫教授に話を伺った。

大学と産業界との間に位置

――生産研の歴史、活動内容、特徴などを教えてください。

坂内 正夫 教授
 生産研は他の研究所と違って、もともと学部を母体としています。戦前、東京帝大には第一工学部と第二工学部というのがありましたが、その第二工学部が戦後、新制大学への移行に伴う再編成の過程で、大学と産業界の間に立つような立場の研究所として再出発しました。それがこの生産研です。従って、工学の全分野を広くカバーする総合的な研究を行っています。工学部と領域的に重なるところも多いのですが、我々は将来の時代の要請を見通した創造的開発研究を重視して、東大の中ではより冒険的に研究を行っていくところだと思っています。
 昭和37年より六本木キャンパスを拠点として、都市型研究所としての教育・研究活動を続けてきましたが、東京大学三極化構想の一翼である柏キャンパスの取得と整備に伴って六本木から駒場へキャンパスを移すことになり、今年4月、その移転が完了しました。この新しい研究棟は、見てのとおり斬新な21世紀型の建物で、京都の駅ビルなどをデザインした原広司先生が設計したものです。情報工学、ナノ工学等総合工学のための新設備も整っており、このハードウェアを活かして新世紀にふさわしい活動の中身を発信していくことが、我々に課せられた重い責務であると考えています。この新しい皮袋に見合う、新しい中身として21世紀の生産研の活動を一言で表せば、「三つの学術研究のフロンティア」を拓く「国際総合工学研究所」ということになります。

3つの学術研究フロンティア

 第一のフロンティアは研究分野です。これからの工学は、社会に対して新しい価値を創造したり、人類や社会が抱える課題へのソリューションを提供していかなくてはならないと思いますが、そのための独自の総合工学です。従って、今までの伝統的な枠組みを越え、異なる分野を自由に融合することで答えを出していくことを目指しています。しかも、この融合については大学ならではのもの、すなわち、融合させることによりどのようなものが生み出されるか分からない分野の数々を、トライアンドエラーで集めることが多いのです。今までになかったものを自分たちの提案によって生み出し、育て上げていくという、いわば「育成型融合工学」を基本として、個々の教官の自由な発想のもとに研究テーマを選び、それを推進してもらっています。全体の方針としての融合工学と個々の自由な専門研究をつなぐものとして、生研では三大部門と六研究センターによる独自の研究体制を取っています。三大部門というのは、どこに適用するかという「場」の要素の社会・人間部門、何を使うかという「モノ」の要素の材料・生命部門、どのように適用するかという「情報」に対応する情報・システム部門の三つです。これをベースとして、個々の研究者の自由な発想に基づいて専門研究をしてもらいます。それと同時に、生産研では分野をまたがったネットワーク型研究を促進するような、さまざまなプロモーションのシステムを用意しています。その最もオーソライズされたものとして、研究センターというものがあります。これがマルチメディア、マイクロメカトロニクス、材料界面、環境計測、海中工学、都市安全の六つの研究センター群です。国際産学共同研究センターは先端研との共同出資で始まったもので、今は全学的なものになっていますが、これを含めると七つの研究センター群になります。これによって、異なる専門分野の研究者による分野融合型の研究をダイナミックに推進し、かつ個々の研究と全体の方向性との両立を図っています。
 第二のフロンティアは「国際的な研究活動、研究水準」です。これは国際産学共同研究センターに加えて、新設のマイクロメカトロニクス研究センター、都市基盤安全工学国際研究センターの三つの国際研究センターをコアに推進しています。フランス科学技術庁がマイクロメカトロニクス分野でEC域外で初めて研究所を設置したのがこの生産研です。そういうネットワークをコアに、昨年、リエゾンオフィスをパリに設立しました。都市基盤安全工学センターは、アジアに対して技術指導や研究指導を行うことも使命の一つとしており、タイのバンコク、アジア工科大学に国際研究センターを置いています。また研究水準の面においても、国際的な水準を意識しており、たとえば生産研教官が代表を務める文部科学省のCOEや学術創成研究等の億単位の競争的研究プロジェクトは、現在19を数えるに至っています。
 第三のフロンティアは、社会・産業界へのアピールと連携を一層強化するということです。産学連携活動というのは研究所発足当時からの理念なのですが、かつては産学連携というと悪いことをしているような、タブー視されるような風潮がありました。しかし産業界と大学とは、目先の狙いどころは違ったとしても、究極的には社会に対して物、あるいはシステムを通じて価値を創り出していくという点で同じターゲットを持っていると言えます。ここで重要なのは双方がどのように役割分担するかですが、我々は大学が何をすべきかということを明確に意識した産学連携を行おうとしているのです。そして我々がこの過程で気付いたのは、産業界は目先の利益になるようなものを大学に期待しているのではないということ、むしろ産業界からは見えにくい未来のこと、あるいは産業界が思い付かないような分野の開拓を期待しているということです。産業界から何か役に立つような研究を求められてこれを行うのではなく、トライアンドエラーを自由に行うことができ、幅広いさまざまな分野との連携が可能であるという、大学ならではの特色を生かしていくのです。外部評価を取り入れるにしても、ただ評価してもらうということに留まるのではなく、大学として得意なものを自ら積極的にアピールしていくのです。そのような直接発信型、学術主導型の産学連携プログラムとして、「特別研究会」方式による共同研究プログラムがあります。これには創成、工学系の人たちも加わってもらっており、発足して約四年になりますが参加企業も年々増加しています(現在230社以上)。また、技術移転を促進するために、学術の位置付けを明確にした独自のTLOを作りました。先端研が既にCASTIというTLOを作っているので、東大としては二つ目ということになります。将来的には、東大としてこれらを束ねる機構ができてくるだろうと思っています。三つ目がベンチャービジネスの設立です。例えば、IISマテリアルは生産研の前田先生が中心となって設立した太陽電池シリコンの製造会社です。他にも宇宙情報処理研究所などいくつかがあります。

独自の広報活動を展開

近代的な内観の生産研
 大学の研究は社会にとって役立つものが多いのですが、これまではそれらをあまりアピールしてこなかったと言えると思います。そのため、むしろ役に立たないことをしているとさえ思われてきたわけです。ですが、社会に向けての啓蒙性、警鐘性、あるいは産業界との関係にとどまらず、宇宙の果て、未知の物質の究極など、人類に夢やロマンを与えるような使命を大学が負っているとすれば、仲間内の難しい論文を書くだけでなく、もっと一般の人に分かりやすい形でアピールする責任があるということになるでしょう。これに関して生産研では、生研記者会見を頻繁に行っており、また研究活動の成果が新聞で取り上げられる件数も2000年度には351件と、4、5年前の2〜3倍に増加しています。研究所公開は六本木に拠点を置いていた頃から40年以上も続けていますが、毎年4、5千人が訪れています。駒場に移ってからは、通称「リサーチキャンパス公開」として先端研と合わせて1万人を目指そうと考えています。また昨年の7月には、東京ビックサイトで開催された日経 の「21世紀夢の技術展」に出展し、生研のブースには8万人が訪れました。このように学術研究、あるいは大学の教育研究というものが社会にとってどのような位置付けにあるのかをアピールし、アクティベイトするための仕掛けを作り、社会に開かれた活動を発展させるための努力を継続しています。

教養学部の持ち味生かせ

――今の学生に求めることは何ですか。

 今日、グローバル化の影響より日本社会全体が混乱期にあると言えます。良いものが世界に一つあるとそれがすぐに入ってくるので、世界で競争しないといけない状況になりました。日本は、まず形を作ってその中に人がはまれば社会が動くというような、「形で秩序を作る」ことを得意としており、そのような教育を受けることで、平均値は高いが分散の小さい社会を形成してきました。一方、アングロサクソンの方は中身が先にあり、中身を作ることで形がその後できてくるのです。デファクトスタンダードの発想もそうです。いわば使ってもらったら勝ちなので、非常に良いものもできるが、その代わりリスクもあるということになります。チャンスも大きいがリスクも大きい社会であると言えるでしょう。現在進行しているグローバルの流れは、良い意味であれ悪い意味であれ、一つの現実として受けとめなければなりません。
 では学生はどう対応すべきかということですが、やはりグローバルでやれる、中身を作ることのできる教育を受けなければいけないと思います。つまり実力をつけなくてはいけないということです。そういう意味では専門性を持つことが必要ですし、それと同時に、自分たちの活動を社会に対して説得するような力が必要になってくると思います。たとえば昔であれば、自動車は早く作ればよい、という基準がありました。しかし今は環境などさまざまな要素があり、どのような自動車を作ればよいのかが簡単には分からない、あるいは車そのものが本当に必要かどうかさえも分からないという状況です。単純に「これを作ればいい」というものは、もはや工学のフィールドにはなくなっているとさえ言えます。社会や人間の動向を踏まえて新しい価値を提案していかなくてはならないわけですが、そのためには専門的な能力を身につけること、精神的にタフになること、専門性の背後にある見識をもつことなど、さまざまなことが必要になってきます。
 東大の教養学部中心の教育はそのためにあるのですが、近年、その認識がうすれているのではないかと感じます。かつては東大に入るのがスタートで、それから社会に貢献したいと意識し出したものですが、最近では、多くの学生は小学校ぐらいからお母さんと一緒に塾に行き、大学に入ったら安心し、そしてくたびれてしまうというような傾向が見受けられます。しかし今は大きなパラダイムシフトが起きていて、大学の外に出ていった時に求められるものが、以前とはすっかり違っているのです。かつてのように、形で秩序を作るという発想は今では通用しません。
 「東京大学を卒業すれば何とかなる」という考えも一つの典型です。あれだけ厳しい受験をパスして東京大学に入ったのだから、その時点では少なくとも可能性はあると認定されたと言っていいでしょう。正に「天寵を負える子ら」であり、その意味でスタートはいいのです。しかしそれは一つの事実であって、そこからさらに努力を重ねないといけません。大学の外に行けば、受験では求められないような性質のものも必要になってきます。教養の学生はまだ高校の価値観でものを見るところがあります。それは確かに純で貴重な世界ではあるのですが、自分たちが出て行く先の社会の風を早くから受けて、どういう人間になるべきかを考えていくことは必要でしょう。そうすることにより、授業の意味づけも分かってきます。そのようなアーリープレゼンテーションが教養課程には必要ではないかと思います。今、社会では何がどのように動いていて、それがどのような価値をもつかなど、社会について広く関心をもって学ぶことが、感受性の強い教養時代には重要なことだと思います。専門性を身につけると同時に、自分のしている学問が社会の中でどのような意味をもつかということを常に意識し、説明することができなくてはなりません。そのような意味で、教養時代には専門分野にとらわれることなく、社会の価値だとか、そこでの意味などを自分で判断したり説得したりするような勉強をたくさんしてみるのもいいでしょう。東大の教養学部の価値はそういうところにあると言えます。
 攻めの姿勢で、情熱を持ってさまざまなことにトライして、一人一人が日本社会のために、そして究極的には国際社会に貢献できるようになってほしいと思います。


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